先ほど、週末恒例の「瞳」を見ながら居眠りしてしまいました。
だって、疲れたんだもん・・・。
今日は、来月乳児院で行う実習の打ち合わせで、児童相談所に行きました。
実習の説明そのものは、たいしたことがなかったのですが、そのついでに、気になっていたことを訊いてみたのです。
紹介していただける子どもは、どの程度健康なのか。そして、どの程度一緒に暮らせるのか。
そしたら、はやい話が、そこそこ普通(もちろん「普通」はいろいろなんだけど)で、成人するまでずっと一緒にいたいのなら、特別養子縁組を希望していた方が良い、ということでした。
「、、、でも、縁組できる子どもは、とても少ないのでは?」
だから、戸籍にこだわらないつもりでした。名前が違っても、何かのことで実親さんの元に帰る可能性がある子でも、構わないつもりでした。
だけど、ポロっと夫が言うのです。
「会えなくなるのは、いやだ」
と。
児相の方もおっしゃるのです。
「ぺこさん家は、ファミリーとしての子どもをお考えだから、縁組前提がいいですよ」
と。
私が、わけをわかっていないだけなんだろうか。きれいごとばかり言って、本心と向き合っていないだけなんだろうか。
「そんなこと言ったって、縁組できる子を待っていたら、順番は来ないかもしれない
」
私には、それが辛いわけです。
いつ来るかわからない順番を待つよりも、先はわからなくとも「今」を一緒に過ごしてくれる子どもと暮らしたい。
何かのことで、別れることがあったって、出会えないことを思ったらずっといいのに・・・。
そう思っていたのだけれど、どうも、「様子」は違うのです。
ず~っと一緒の「我が子」を育てたければ、まずは、戸籍までちゃんと入れた「我が子」を育てて、その上でご縁があれば、我が子代わりではない「里子」を迎えれば良いのだと。
「そうよね。私、まったくの乳児が来たら、3歳で手放しても構わないと思えちゃうのは、自分で産み育てたい感覚がまだあるからだよね」
50代で里親に、というのとも、確かに違います。
児相の方は、たくさんのケースを見ていらっしゃるから、この辺のことを瞬時に判断されて
「ぺこさん家は、縁組前提が良いですよ」
なんて仰るわけですが、自分たちのことしかわからない私たちは、自分自身の動物的な感覚とカンに頼るしかないわけです。
「そうよね~。諦めていたけれど、そりゃ、もしもできるなら、ゆくゆくは孫の顔だって見たいもの、、、」
ある日突然実親さんがあらわれて、引き取りたいといわれたときに、その後の子どものことが心配になるのなら「養育里親はしない方が良い」。
夫が
「だって、最悪、死んじゃう可能性があるわけでしょ?そんなの、いやだ」
と譲らなかった、あのカンがぴしゃりです。
実親さんの元に戻ったとたんに虐待云々とは見聞きしますが、少なからずショックな現実でした。
戸籍って、紙一枚なんだけど、その一枚で、子どもが「この家」にいることを保障される。
「戸籍にはこだわりません」じゃなくて、「ウチの戸籍に入れて育てます」が必要な場合もあるだなんて・・・。
今週の「瞳」は、ちょうど小池栄子ママが引き取りにあらわれたお話でした。
最近のコメント