2009年11月14日 (土)

誰がわかってくれようか

児相が、里親支援に力を入れています。

専任の方を常勤で配置し、手厚くフォローできるように、とのことのようですが、実際はなかなか難しいようで、、、。

何がネックなのかなぁ、どうして難しいのかなぁ、と考えていたんですけどね。

最近、思うんです。

うちの子は、私が産みたかったし、子どもは私から生まれたかった。

卵から孵って、オギャーと赤ちゃんになって、施設で育てられたのはわかっていたけれど、子どもは、その卵をうんだのは、私だと思っていたらしい。

その切なさを、本来なら、支援しようとする人がわかってしかるべきなのに。

案外、善意のかたまりみたいに思われてるんだよな。里親さん、って。

泣きながら、笑って暮らしているのに。

必死に現実を受け止めながら、日々の生活を営んでいるというのに。

里親制度は、子どものための制度で、親のためのものではない。

そう言われて、それでも子どもを育てたという親たちの寂しさや悲しさを、

一番わかってくれるのは、おそらく一番反対した親族なのではないかと思うこの頃です。

| | コメント (0)

2009年10月13日 (火)

人と寝る

相変わらず川の字で寝ている私たち。

子どもが我が家に来た当初は、パンチ、キックの嵐に加え、子どもが

「おかあさ~ん!」

と甘えてくるつもりの手足頭が私にゴンゴン当たって、それはそれは痛かった。

まともに眠れず、静かに寝かせてくれ、、、と、どれだけ思ったことかしら。

それが。

気がつくと、パンチ、キックの嵐がないのです。

私たちが、子どもの寝相が悪くて手足が当たっても、平気でやり返すようになったのかもしれませんが、思い当たるのは、、、

子ども、人と寝るようになったのですよね。

施設の生活では、自分ひとりのベッドですから、ぶつかるのはベッドの柵か置いてあるおもちゃぐらいでした。

それが、我が家で暮らすようになって、ぶつかるのは「おかあさん」や「おとうさん」。

寝返り打って私たちにぶつかると、

「あ、おかあさんだ、、、」

と、そこでくっついて止まるのです。

3人で寝て、あんなに狭かった布団が、あれ???

「これじゃダメだ。もう1枚、子ども用の布団を買おう!」

と言っていたはずなのに、そんな話もどこへやら。

不思議なものです。

日々変化していく子どもの様子を、いったいどう表現するのが良いのだろう???と思っていました。

施設で、大事に守られつつも制約のある中で育った子どもが、普通の家庭で過ごすようになって、新しいものに出会い、どんどん吸収していくさまを。

スポンジが水を、ではないし。砂が水を、でもないし。

でも、やっぱり思うのです。これは、乾いた砂が水を吸うように、だと。

いくらでもちょうだいといわんばかり。

子どもから

「へぇ。そうなんだ。知らなかった、、、」

という台詞を、どれだけ聞いたことでしょう。

常識だろう!と叱りながら。理由も何もないのです!と説明しながら。子どもは、

「へぇ。そうなんだ。知らなかった、、、」

とつぶやきながら、いっしょうけんめい家庭の常識を覚えていきます。

私など、

「よくメモも取らずに、何から何まで覚えてるものだワ、、、」

と感心してしまいます。

そうそう。この頃の子どもは、「かめさん」といって、うつ伏せになっている私の上に乗って寝るようになりました。

おかあさんかめの背中に乗る、子どものかめさん。

絵本の後、しばらく「かめさん」になって私の背中につかまった後、ゴロンと布団に転がって寝入ります。

先日は、嬉しそうに背中につかまりながら、ふと

「動物園のかめさんは、こうやって乗らないねぇ~」

と言うので、笑ってしまいました。

「あなた、ホントよく見てるねぇcoldsweats01

心の底から、おうちが、おとうさんおかあさんが欲しかったみたい。

| | コメント (0)

2009年10月10日 (土)

全部キャンセル

今日は、運動会の日でした。

元の職場と幼稚園。どっちに行こうか、両方は顔を出せないから、学校は事前に挨拶に行っておこうかな、とか、いろいろ考えておりました。

でも、結局、何もしないまま今朝を迎え、今朝は今朝で、子どもが

「おかあさん、起きちゃだめ!」

「自分といっしょに、ずっとねてるの!!」

と怒って、騒ぎ放題。

起きれば騒ぐし、布団に横になれば飛び乗ってきて、私の腰や背中を強打。

加えて、船が先日の台風でかなり損傷を受けているので、夫は、自分の通院の後様子を見に行くという。

仕方がないので、もう、全部諦めることにしました。

「申し訳ないけど、連れてって、、、」

子どもは、夫と、病院で良い子にしている約束をして、ライフジャケットとおやつ持参で船に行きました。

「おかあさん、おうちで寝ていてね」

もう、返事もできません。

どの里親子も、年齢や個性はいろいろでも、だいたい似たような期間、似たようなプロセスを経て「しっくり」していくのだそうですが、どうも我が家の場合、かなりのハイペースらしいです。

「ど~りで、次から次へ、子どもの起こす問題や言うことが変わるわけだ、、、」

おまけに、平均的な子どもの優に2~3倍はあるというエネルギー。

やることなすこと、尋常ではないパワー。

「どんだけ疲れるんだか、、、shock

布団に横になって腰が痛いと言う私に、子どもはせっせとビーズのごはんを作ってくれたけど。

「スプーンも、いりますか?」

とか何とか言ってたけど、

「何でもいいから、どっか出掛けて~~~!bearing

いやぁ。20年以上も付き合いのある夫婦だから、こんなんでやってるけど。

普通だったら、手に負えないと思います。

そうそう。昨夜も、おなかが痛いと言っていたら、お風呂でいっしょうけんめい「おかあさんのおくすり」を作ってくれたっけ。

ありがたいんだけど。

誰だ。寝ちゃだめ、起きちゃだめ、食べちゃだめ、って、全部邪魔するのは!!

| | コメント (0)

2009年10月 5日 (月)

秒読み

子どもが、私達夫婦に過去があることに気付きだしました。

この家には、おとうさん、おかあさんと、鳥さんたちが、自分の来るずっと前から暮らしていた。

おとうさんとおかあさんは、二人きりで、子どもがいなくて寂しいねぇ、と言い合っていた。

自分は自分で、ここに来る前は、施設で楽しく暮らしていた。

ほら。このとおり。(施設でのアルバムを開いて、しみじみ、、、)

赤ちゃんの頃から、ついこの前まで。ずっと楽しく暮らしていた。(ほら、このとおり。と写真を指さしながら)

この家には、赤ちゃんの沐浴だってできるシャンプードレッサーがある。(けど、自分は、もう大きいから、ここでシャワーは浴びられない)

おとうさんは、自分を連れて天ぷら屋さんに行き、お酒を飲むのが夢だった。

だから、自分がこの家に来て、みんな喜んでいる。

寂しいなぁ、寂しいなぁ、と言っていたのに、にぎやかになってよかった、よかったと言っている。

をしをし。

あとは、頃合いを見て

「実は、よその家の子の多くは、一緒に暮らしているお母さんが産んでるのよ」

と、話そうと思っています。

もう、秒読み、かなぁ~。

| | コメント (2)

2009年9月18日 (金)

正式委託

子どもが正式委託となり、児相で委託式がありました。

関係者が集まり、書類を受け取り、挨拶をし、記念写真を撮りました。

こうした式は、児相で数少ないおめでたいことだと言われました。

福祉司さんからは、洋服のプレゼント。

施設の先生は、思い出ぎっしりのアルバムや作品集を持ってきてくれました。

帰りに、よそ行きの服のまま、いつもの天ぷら屋さんへ行って、天ぷらを食べました。

「何か、お祝いごとでもあったのかな?」

たくさん荷物も持ってるし、服装は明らかによそ行きだし。そんな格好の3人でした。

帰宅して、またいつもの暮らしに戻ったけれど。

夜になって。

あれれ。布団に子どもが寝てる。

もう、どこにも帰らない子どもが、うちにいる。

いったい、どこから来たんだろう?

| | コメント (2)

2009年9月 6日 (日)

疲れる親

まだ仕事をしている頃、子だくさんの同僚が

「子どもがいると、夫婦喧嘩が減るよ~」

と言っていました。

「へぇ、そうかなぁ。そんなわけには、いかないんじゃないかなぁ~」

と、思っていたんですけどね。

そして、子どもが来て、、、。

夫婦喧嘩は圧倒的に増えました。

元々、二人きりが長かった私たちは、あまり喧嘩をしませんでした。

というより、喧嘩をしても、たいしたことにはなりませんでした。

それが、今は、夫も私も疲れ果てて、喧嘩ばかりです。

よく、授かった子どもに重い病気や障害があった場合などに、親御さんが看病や育児に疲れ果てて離婚に至る話を耳にします。

どうも、あれと似た雰囲気を感じるんですよねぇ~。

まして、周囲から

「だから血縁のない子を育てるだなんて、できっこないって言ったじゃない」

と言われるのがわかっていますからね。

大変なプレッシャーでございます。

子どものいない生活に戻る気はないし、今の暮らしに不足は感じないけれど。

トイレに入っても、

「おかあさん、おかあさ~ん」

と呼ばれる毎日。

自分ひとりになる時間が欲しいのであります。

| | コメント (2)

2009年8月29日 (土)

痛いよう

少し前までは、寝相の悪い子どもにおなかや脚を蹴っ飛ばされて痛かったんです。

足の甲とか、腿、腕などの骨の上に乗られるのも痛かった。

そのたびに

「痛ててて。ここは、痛いからやめてネ」

と言って、子どもは随分加減してくれるようになったんですけどねぇ。

そしたら、今度は蹴られても乗られてもいないところが痛くなりました。

手の指とか、それにつながる筋。

どうやら、腱鞘炎のようなのです。

よく、出産後のお母さんが、抱っこのしすぎ(というより、抱っこそのものをたくさんしなきゃならなくて)で腱鞘炎になるそうですが、私の場合、言うこと聞かんちんを強制連行したり、抱っこして~、おんぶして~、と子どもが甘えるのに応えたりしていたら、過剰な負担がかかったみたいです。

痛いのは、もっぱら手の指。じゃんけんも辛いです。

当然、洗濯ものたたみができませんし、お米を研ぐのがしんどいです。

包丁握るとか、フライパンやお鍋を持ち上げるとか、そういう何でもないような「ヒョイ」というのが、できにくいです。

こりは、大変なストレスでして・・・。

手が思うようにならないというのが、こんなに不愉快なものだとは、、、。

しかも、普通の怪我と違って、すぐには治らないし、筋肉痛のように我慢もできない。

「何なのよdespair、、、(はい、腱鞘炎なのよ)」

始まりは、子どものおもちゃを直そうとして、ぎゅっと握る力が入らないことでした。

そのうち、親指方面だけでなく、小指方面もダメになりました。

薬を貼るにしても、塗るにしても、指だから、しょっちゅう洗いますからねぇ、寝ている間ぐらいしかできませんし。

いやはや。こんなことがあるんですねぇ。

子どもが心配して、

「おかあさん、お薬つけて」

「痛いの、なおった?」

って言うんですけどね。

一晩じゃぁ、治らないのよ。存分に抱っこもしてあげられなくて、ごめんねぇ。

| | コメント (2)

2009年8月21日 (金)

必死です

いや、もう、私ではなく、子どもが。coldsweats01

たった数ヶ月のうちに、親子としての暮らしが始まっちゃって、子どもは、私たちが本当に自分の親なのか、自分はこの人たちの子どもとして迎えられているのかと、それはもうあの手この手、全力で探ってきますです。

私を困らせること、てこずらせることもします。

何か言えば、全部「イヤ」です。

約束なんて守らないし、何でも自分にやらせろと言ってききません。

じゃれるついでに足で蹴るし、寝ているおなかに飛び乗ってくるし、腕や脚の骨の上にも容赦がありません。bearing

痛いものは痛いし、我慢できないものはできませんので、こちらも悲鳴をあげますです。

家の中で、外で、おかあさんがわかってくれない、といって、今までに聞いたことのないような泣き方をします。

ああ、そうか、そうか。ようやく、そうした泣き方ができるようになったかい。そうした甘え方ができるようになったかい。そう思って見てはいるんですけどね。

私は私で、ヘンは気負いがあって。

せっかく施設で身につけた習慣を崩したくないとか、血縁があるとかないとか、生後すぐからの付き合いではないから云々と人に言われたくないとか、いろいろありましてね。

でも、

「もう、そんなの構っていられませ~ん!!」

てカンジ。

以前、仕事で子どもの親御さんから「どうしたものかと思うんです、、、」なんて聞くたびに

「そりゃ、親子ですもん。いろいろあっていいんじゃないですか。いつもいつも理想や建前通りなんてやってられませんよ」

みたいなことを言っておりました。

はい、今の私がソレであります。

普通の親子がそうであるように、里親子も、適度にいい加減でなくちゃ。

昨日も、非常食(疲れて何もできないときのために)として買ってきたレトルトカレーが、早速夕食になってしまいました。

「あはは。早速非常事態ってか?smile

そりゃそうよ。まったくの他人が、親子として暮らしていくなんて。どっちも人生がかかっているのだもの。すました顔して普通に暮らせ、というのが無理!ってね。

| | コメント (2)

2009年8月17日 (月)

漏水ですか

今日、郵便受けを開けたら、水道の検針のお知らせと、普段はない白い紙が入っていました。

何かと思って見てみると、水道の使用量が例月より特に多いので、漏水ではないか、と書かれております。

「あらやだ。そんなに水道使っちゃったかしらcoldsweats01

と、水道料金の伝票を見ましたら、

「うげげげ!」

一気に2倍です。

そりゃぁねぇ、洗濯も、食器も、これまでの3倍です。それにトイレにお風呂、と考えれば、当然なんですけどねぇ。

「だからって、水道代が2倍はねぇ、、、」

びっくりしました。

子どもがいる生活は、何かと出費が多いことはアタマではわかってはおりましたが、水道代がこんなにかかるとは!!

| | コメント (0)

2009年7月30日 (木)

去年の私から

去年の私から、メールが届きました。

ネットで遊んでアンケートに答えていたら、「1年後のあなたにメッセージを」とあったので、

「元気にしていますか?

去年の今頃は、8月上旬から乳児院の実習でした」

と書いていました。

そうかぁ。あれからちょうど1年が過ぎたんだ・・・。

仕事を辞める決意がなかなかつかなくて、迷って、悩んで、ものすごいプレッシャーになっていました。

酷暑の中、乳児院の実習に行くと、朝に、午後に、お散歩に行くのが大変でした。

あれから1年。里親になる話は、とんとん進んで、研修や認定式があり、子どもの話がきて、交流がはじまり、間もなく子どもは施設に帰らず、我が家でずっと暮らすことになります。

不妊治療は、どれだけ条件がそろっても結局うまくいかなかったのに、里親になる話は、階段を上るようにとんとん進んできました。

今、子どもが来ても、一人は死んじゃって、一人は病気が進んで、遊んでくれるおじいちゃんがいないとか、いとこは皆大きくなっちゃったから一緒には遊べないとか、私自身が小さかった頃と同じようにはいかないんだけどさ。

でも、家庭を知らないよりはずっといいから。うちにいたらいいよ、と話しています。

きっと、あっという間に大きくなっちゃうんだろうなぁ。

寂しいから、私は私で、仕事を再開するチャンスをうかがっておこうと思います。

「あなたの欲しかったものは、これで全部揃ったかしら?」

神さまからの声が聞こえてきます。

はい。欲張りですみません。全部揃ってしまいました。

| | コメント (2)

2009年7月 9日 (木)

この家の子に

お泊りのあと、そろそろ帰るという段になって。

ずっと、このままいたいという子ども。

そうか。そうだよね。

このままいれば、夫も帰ってくるし。

鳥さんたちとも、遊べるし。

おもちゃや、楽しみには事欠かないし。

この家で入るお風呂が、

この家で食べるごはんが、

この家でする、下手くそなお手伝いが、

この家のバルコニーでする水やりが、

嬉しいんだって。

「そっか。じゃぁ、ずっとこの家に泊まっていられるように、この家の子になる?」

そしたら、うん、と、こっくり頷きました。

普通は、ちょっと遊んで懐いちゃった親戚のおじさんが言うような言葉なのに。

お互いに本気な事情がありまして。

「そっかぁ。うちの子になりたいか、、、」

「うん」

わかったよ。先生たちに話してみるね。

ずっと、ずっと一緒にいられるように、お願いしてみるね。

| | コメント (12)

2009年7月 2日 (木)

施設坊ちゃん

子どもを迎える準備の中で、幼稚園や保育所の下調べが始まりました。

子どもとの関係が落ち着いたら、無理のない範囲で仕事を再開したいとも思っていましたし、家にいて子どもとじっくり関わるのなら、それに見合った幼稚園をと思うからです。

で、見学に行って、なんとも重たい気分になりました。

「そんなの、あり?」

学校で働いていましたから、子どもを預かる現場の事情は理解できる方だと思います。

皆さん、ひたむきにお仕事なさっているのも、よくわかるんです。

だけどサ、幼児に数のお勉強、いらないよ。着替えが早いとか遅いとか、そんなの問題じゃないよ。

「私が教わった幼児教育には、そんなこと一つもなかったヨ」

なんだか、私が大学で学んだ保育とは微妙に(いえ、かなり)ズレていて、魅力を感じないのです。

「そりゃ、○○なタイプの子には、いいかもしれないけどサ」

「ウチの子は、つまらないと言いそうなんだよなぁ」

よくよく考えたら、ウチの子だけじゃなくて、違うタイプの子にとってもあまり良いこととは思えません。

そして思い出したのが草間吉夫さんの「施設坊ちゃん」という言葉。

児童養護施設にいて、施設の暮らしにだけ順応した職員に扱いやすい子のことです。

その「施設坊ちゃん」を「幼稚園坊ちゃん」「学校坊ちゃん」に置き換えれば、どうなるでしょう。

「そんな子には、絶対なって欲しくないーぃぃぃshock

しょーがないので、幼稚園保育所見学の旅を、もう少し続けることにしました。

| | コメント (4)

2009年6月27日 (土)

妙なかんじ 2

子どもを連れて、広い公園に行きました。

木陰に敷いたシートの上に寝転ぶ私。

貸切同然の芝生の上で、野球ごっこに興じる子どもと夫。

あれ~。おかしいなぁ。

なんで、こんなところで夫が子どもとキャッチボールをしているんだろう。

うちに子どもは、いなかったのに。

この広い芝生は、ずっと前、夫婦二人で来て、

「子どもがいたら、こんなところでのびのび遊べるのにね」

と言っていた、叶わぬ夢の公園だったのに。

たくさんの階段を上ると、海を行く大小の船が見られます。

「あの白い三角のお船に、今度乗りに行こうね」

って、それもまた、夢のまた夢だったのに。

あれ~。

いよいよ夢じゃなくなってきちゃったよ。

| | コメント (0)

2009年6月25日 (木)

妙なかんじ

子どもが、我が家に来てごはんを食べます。

我が家のトイレで用を足し、

我が家の洗面所で手を洗い、

我が家の鳥さんたちに恐々近付き、

我が家の青いトマトをそっと触り、

我が家にあった頂きもののおもちゃで遊び、

我が家の古新聞でゲームをしては、キャハハハと笑います。

おっかしいなぁ。うちに子どもは、いない筈なのに。

この子は、はじめてここに来たというのに。

どうしてこの家の子のような顔をしているのかしら。

そして、

「ちょっと待ってね」

と、台所でお湯を沸かしたり、果物を切ったりしている私。

おかしいなぁ。お母さんみたいなことをしているぞ。

| | コメント (0)

2009年6月23日 (火)

いらっしゃい

子どもが我が家へやってきて、一日過ごして帰りました。

前夜、お古でいただいていたおもちゃを点検してみると、、、

「ええっ!こんなに立派なのが入ってたんだねぇ!!」

子どもが好きそうで、しかも施設にあるのより立派なのが出てくる、出てくる、、、。

すみません。せっかく頂いたのに、ろくに中身も確認せず、日々慌しく過ごしていたら子どもの来る日になっちゃったもので。coldsweats01

で、子どもがやってきて、うわさに聞いていた鳥さんたちとご対面したり、楽器をいじったり、おもちゃで遊んだり、新聞紙をちぎったり、いろいろしていたら、帰る時刻になりました。

「いやぁ、遊んだねぇ」

ごはんも食べました。ゆでたまごをむいてみました。トイレや洗面所も使ってみました。

あとは、もう、お風呂と、お布団で寝ることしか残っておりません。

じっくり交流を重ねてきたせいか、我が家に来て何を戸惑うわけでもなく、のんびりまったり過ごして、夕方の施設に帰って行きました。

| | コメント (0)

2009年6月18日 (木)

お守りは重装備

子どもを連れて、買い物に行くようになりました。

近所の公園にお散歩に行くのと違うのは、そこに「お金を使う経験」や「外食」の要素が入ることです。

施設からは

「ごはんを食べていらっしゃ~い♪」

と送り出されるわけですが、コンビニやお弁当屋さんでごはんを買って外で食べるにしても、ファミレスなどに入って食事をするにしても、これまでの子どもの暮らしにはない経験なので、戦々恐々なのでございます。

そのためか、お出かけ前の子どもは、重装備で身を固めます。

いつもの公園で使う遊び道具。

おやつ、山盛り。

虫よけスプレー。

長靴。

お気に入りのおもちゃ。

着替え。

お手拭タオル。

「こんなもん、持って行ってどうするんだ」

と思うようなものばかりですが、お守りと思えば納得できますので、

「はいはい。それから?」

と、バッグに詰めますです。

大人だって、そうじゃありませんか?

旅行の荷造りで、余分に着替えを入れてみたり、使うかどうかわからない化粧品を詰めてみたり。

「別に自分で持って行かなくたって、行った先でなければ買えばいいし、借りたっていいんだから」

と言われても、心配で入れちゃうことがあるでしょう。

わけわかんない荷物を、

「はい、了解」

「これもですか。はい、どうぞ」

どんどん詰めてレッツゴー。

おかしくて、おかしくて、笑っちゃうんだけど、ご本人は真剣で。

「そうだよね。何があるかわかんないもん。心配なら持って行かなきゃ」

ガハハハと笑いながら、何でも詰め込めるバッグを作っておいて良かったと思うのです。

そして、そういう余裕のある年齢で、よかったな、と。

| | コメント (2)

2009年6月14日 (日)

よーし、進め

子どもの交流の様子を振り返って、次の方針を決める集まりがまたありました。

「はいはい。順調ですから、どんどん行きましょう」

あらあら。

スケジュールが、次々組まれます。

子どもは、新しいことが入るたびに「何か違う」と察して、ちょっと固くなります。

硬いというより、固いので、前に進んでもらうまでが大変なのですが、どうにかこうにかやっております。

「そりゃ、誰だってはじめてのことは、こわいよねぇ」

この私だって、いまだに知らないお店や人、場所が苦手です。coldsweats01

行けといわれて、結局は無事に行って帰ってくるけれど、行くの行かないの、行きたくないのの不安は常にありますです。

「この人とだったら、どこへでも行ける」

考えてみたら、親こそが、そうした存在の最たるものなんですよね。

この頃は、アタマで描いていた夢が、いよいよ現実的なものになってきて、

「本当に大丈夫なんだろうか?」

と、ドキドキしています。

それはちょうど、お買い物に行って、

「これでちゃんと払えるわよねぇ・・・」

と、お財布の中身を確かめるのに似て。

| | コメント (4)

2009年6月10日 (水)

うちあける

家庭養護促進協会から出ている、真実告知事例集「うちあける」(改訂版)を読みました。

血縁のない子どもに、親子で血縁のないことを伝えることを「真実告知」と言いますが、この冊子には、どんな親子が、どんな風に告知をしてきたか、といったエピソードのほか、告知に必要な事柄や留意点などが実にわかりやすく、納得できる言葉で書かれています。

以下、引用

P.10『養子を育てるということ』
親子という関係は、血がつながっているだけで成立するものではありません。その相手と関わり、絡み合って、築き上げていくものです。だから私達に必要なことは、「親子」という「関係」をしっかり築きあげることです。私達には、血のつながりというわかりやすさがないのですから、その分強く深い関係を築かなければなりません。その関係さえできていれば「真実告知」は、そう難しいことではありませんし、世間に対しても、もっと正々堂々としていても良いのではありませんか。私達にとって一番恐ろしいことは、私達が育てた子ども達が、真実を知る前に「血がつながっていなければ親子ではない」と思い込んでしまうことです。

P.12~『何を伝えるか』
まず第一に伝えることは、「私達は、血のつながりはないけれど、ほんとうの親子なのだ」ということ (中略)
次に、「私達は、あなたを選んだのだ」ということを伝えます。 (中略)
最後に、「私達は、あなたに出会えてうれしかったし、あなたを迎えて満足している」ということを伝えます。

P.20『小さい時にうちあける』(よその子に「もらいっ子」とはやされ泣いて帰った子に)
「もらいっ子がもらいっ子と言われて何が悲しい。お父さんとお母さんの大事なもらいっ子なんだから胸はって『もらいっ子のどこが悪い!』と言い返していらっしゃい」

P.29『意図的に伝える時』
①親子関係が良い時に話すこと。
②楽しい雰囲気の時に話すこと。
③先にも述べたように「親子なのだ」ということを話すこと。
④実親のことは決して悪く言わないこと。

引用終了

家庭養護促進協会は養親を探す団体なので、「養子」という表現になっているますが、そのまま「里子」に置き換えていただいても、構わないと思います。

血縁のない子を迎えることの本質が、とてもていねいに書かれていますので、これから養親や里親をお考えの方に是非お読みいただきたいと思いました。

真実告知事例集「うちあける」(改訂版)/社団法人 家庭養護促進協会
協会HPにて、700円+送料で入手が可能です。

| | コメント (6)

2009年6月 8日 (月)

ふたりでごはん

子どもと、二人だけで食事をするようになりました。

ほかに誰もいない部屋に、二人だけの食事を用意していただいて、二人だけで

「いただきますhappy01」。

テーブルを挟んで、ごはんをいただきながら、あれやこれや話します。

パンの名前だの、お料理の中身だの。

フルーツの皮は、苦いから食べない方がいいだの。

デザートは、こぼれないようにそ~っと混ぜてだの。

特別な問題も何もなく楽しい食事となりまして、施設の中にいるのに「団欒」なのですね。

「家で食べるごはんも、きっとこんな感じなんだろうなぁ」

これまで、ある意味で「職場」のように感じられていた施設の中に、ぴょこんと「家庭」が現れて、子どもとの生活が現実味を帯びてきました。

| | コメント (6)

2009年6月 5日 (金)

どこにも行かないよ

子どもと私たちの関係ができてくる一方で、難しい問題が出てきました。

慣れ親しんだ施設や、新しい家庭にめぐりあうまでの「親」として慕ってきた先生、そして一緒に担当してもらってきょうだいのように過ごしてきたお友だちとのお別れです。

ずっと、家族のように過ごしてきたから。

私たちとの出会いはとても嬉しいものだったけれど、家族が更に増えて賑やかになるのではなく、お別れしないとならない。

それが、私には親の離婚のように思えてしまって、、、。

「みんな一緒じゃないの?」

子どもの切なさを思うと、胸が痛みます。

子どもの幸せを想い、

「こっちじゃないよ、あっちだよ」

と送り出そうとする先生の様子に、異変を感じるのでしょうね。

私は、親が別れて暮らす離婚ではなく、卒業として受け止めて欲しいので、じっくり構えて先生はどこにも行かないことや、いつでも遊びに来られること、そして、大事な施設での生活を育んでくれたかけがえのない存在であることをわかってもらおうと思っています。

子どもが新生児のうちに我が家へ来ていたら、こんな苦労はなかったのかもしれません。

でも、その場合でさえ、いつかは遡ってそれを伝える日が来るのだもの。

「先生は、どこにも行かないよ」

「あなたの心の中にも、ずーっといるよ」

「楽しかった思い出も、教わったことも、みんな持っていていいんだよ」

繰り返し、繰り返し、子どもにわかるように伝えていこうと思います。

| | コメント (2)

2009年6月 3日 (水)

おでかけ

子どもの施設の行事に、私たちも参加させてもらっています。

休日以外は、私だけで。

このところは、お出かけの行事が続きました。

教員をしていたので、日中外で過ごすことや、子どもを連れて外出することには慣れていますが、疲れたら眠っちゃうという大きさは、初めての経験でございます。

電車やバスなども乗りました。駅の階段の上り下りもしました。

桜が咲いた頃からの交流で「ベストな時期」と言われておりましたが、こうした行事があるのも行楽の練習になって、とても贅沢なことだと思っております。

「今度は、3人で遊びに行こうね♪」

じっくり。一歩一歩、進んでいます。

| | コメント (0)

2009年5月30日 (土)

同じ夢

子どもを迎える話を、親きょうだいにしています。

刻々と変化のあるたびに(里親申請をする前、してから、退職を決めてから、等など)知らせていますが、急にてのひらが返されて、一気に心配されることもありました。

「ま、当事者じゃないから、無理からぬ反応、、、」

程度で、更に進展するのを待っておりまして。

先日。

「おかげさまで、順調だよ~。とっても、いい子でさぁ~」

と話したら、

「どんな風に、いい子なの~?」

と聞き返されたので、ああだこうだと親ばか話をしましたら、

「それは、よかった。いい話を聞けて、うれしいなーshine

ときましたです。

そうです。入学試験だって、とても難しそうな学校の名前を挙げたら、

「いくらなんでも、無理なんじゃないの?」

と心配されるではないですか。

あるいは、遠くの学校だと言えば、

「通うのが大変なんじゃないの?」

と。

でも、いざ合格して、入学して、毎日楽しく通学していると知れば、

「よかったね~」

しか言わないものです。

その「よかったね~」のために、私たち夫婦と、担当の先生と、施設の職員の皆さん、そして子ども自身が、少しずつ努力を重ねています。

先のことは誰にもわからないけれど、その先にあるであろう未来の暮らしに向かって。

3人乗りのいかだで、まだ漕ぎ出せはしないけれど、

「もうちょっとかなぁ~」

「まだ様子をみておくのがいいかなぁ~」

「沖に出られるようになると、いいねぇ~」

そんな風に同じ夢を描けるようになってきたのが、嬉しいのであります。

| | コメント (0)

2009年5月23日 (土)

アルバム

子どものアルバムを、担当の先生が見せてくれました。

「まだ途中なのですが、、、」

途中だけれど、貼れた写真から、子どもと一緒に見て欲しいと持ってきてくださいました。

「どんな写真かなぁ~♪」

と開いて、嬉しかった。

施設によっては、子ども本人しか写っていないように編集するのだそうですが、私は、お世話になった先生方や、一緒に過ごしたお友だちも写っているアルバムがよかったのです。

「あなたは、ここで、こんな風に愛情を受けて過ごしてきたのよ」

「ほら、こうやって、あなたを受け止めてくださる方が、ちゃーんといたのよ」

「きょうだいのように一緒に育ったお友だちだって、こんなにいたのよ」

その証拠としてのアルバムが欲しかったのです。

そして、その作られている途中を含めて、アルバムを広げては、私と子どもと、夫と、まわりのお友だちと、先生方とで、

「あんなんだったねぇ~」

「こんなこともあったねぇ~」

と、今まさに語り合えているのです。

なんと幸せなことでしょう。

子どもも、施設も、それぞれに個性や特色があるけれど、私は、この子と、この施設にめぐりあえて、本当によかった。

| | コメント (2)

2009年5月18日 (月)

ても、でも

児相からのお話で子どもに出会うと、どうしても生まれてからしばらくの時間が経っています。

それは、数年であっても、数ヶ月であっても。

「もっと小さなときに出会えていたらなぁ~」

と思うのは、人間として極自然なこと。

そして、

「もっと小さなときに出会えても、私は仕事でとても養育できる状態にはなかったなぁ~」

「例え無職でも、今のあなたのような子に育てられたかは、わからないなぁ~」

「やっぱり、これでよかったのかなぁ~」

と思って、それで気が済みます。

まだお話をいただいたばかりの、お見合いをする前の段階では

「そうだ。この子がもっともっと小さかったときのお話を、たくさんお聞きすればいいんだ」

と思っていました。

でも、この頃は、子どもの元気なのも、笑顔も、知っている世界も、ちょっとしたしぐさも、どれもこれも皆育ててくださった先生方やかかわってくださった方からのものと思うので、なんだかそれで充分な気もしています。

たくさんの思い出がなかったら、こんなに笑う子にはならなかったでしょう。

ケラケラと笑う瞳の向こうには、同じように微笑みかけてくださる先生方の笑顔があったのでしょうから。

「よかったねぇ~」

先生方が子どもに声をかけてくださいます。

そして、そのたびに私は、

「こんな風に育ててもらえて、よかったねぇ~」

と、心の中でつぶやきます。

いつ出会えていても、これからの毎日でも、充分幸せ。

神さま、この子に幸せに生きる力を、ありがとう。

| | コメント (3)

2009年5月16日 (土)

いい感じ

子どもの交流の様子を振り返って、今後の予定を決める集まりがありました。

「良い感じなので、どんどん進めましょう」

と、当面のスケジュールがカレンダーに入っていきます。

二日連続の日もあります。

遠足のように出掛ける行事も入りました。

次々入って、そのうちびっしり入るようになって、更にずーっと一緒にいるようになったら、

「一緒に過ごす時間」

ではなくて、

「どこへ出掛けるか」

とか

「誰と約束があるか」

が書き込まれるようになるんでしょうね。

| | コメント (3)

2009年5月 9日 (土)

いっしょに暮らそう

子どもと、ずいぶん遊ぶようになりました。

いえ、最初から遊びっぱなしだったんですけどね。

遊びの場面だけじゃなくて、一緒に手を洗ったり、一緒に着替えたり、一緒に怖いものを覗きに行ったりしています。

「もっと一緒に遊べたらいいのになぁ~」

「ごはんも一緒に食べられたら、いいのになぁ~」

「一緒にお昼寝したいなぁ~」

認定前の施設実習と違うのは、子どもの方がそういう気持ちになるまで待つ。そのための時間(期間)である、ということ。

よく、親御さんが再婚をしたまではよかったけれど、連れ子がなつかなくて困ったとか、かわいいと思えなくて仕舞いには虐待しちゃった、なんて話があります。

無理もありません。

子どもの心の準備などなしに、いきなり「新しいお父さんですよ」「私がお母さんよ」と言われたところで、しっくりいくはずがありません。

私自身の子どもの頃を振り返っても、父子家庭となった父が兄と私の面倒をみるのは大変で、よほど再婚しようかと迷っていた時期があったのですが、、、

「ただ身の回りの世話をしてもらうためだけだったら、新しいお母さんはいらない」

少なくとも、私はそう思いましたし、父も同じような結論に至ったのではないかと思っています。

「ただ面倒をみてくれるだけのお父さん、お母さんなら、いらない」

子ども自身、言葉にこそできませんが、代弁するならばそれが本音ではないでしょうか。

面倒をみてもらうだけだったら、施設の先生で充分なんだもの。

自転車のギアが切り替わるように、子どもの思いが施設での毎日から、私たちとの未来に移っていく。その一歩一歩を、じっくり見守ろうと思っています。

| | コメント (2)

2009年5月 5日 (火)

施設の限界

茨城県高萩市の市長、草間吉夫さんの著書「ひとりぼっちの私が市長になった!」を読みました。

生後3日で乳児院に預けられ、その後18歳で高校を卒業するまでを児童養護施設で過ごされた方でした。

施設で暮らすと、何が問題か。

実にわかりやすく、端的な例がありました。

「お金のやりくりを目の当たりにしないから、経済観念が育ちにくい」

なるほどと思いました。

お金の使い方を学ばないうちに、ポンと社会に出るわけです。大変なハンディキャップです。

同じことは、食べることに不自由しない生活にも言えましょう。

「今日は、お母さんの具合が悪くて」ろくなおかずがない、とか。

「買い物に行く時間がなくて」有り合せのものでごめんなさい、とか。

「誰もいないから」自分でラーメンを作って食べた、とか。

「ボーナスが出たので」みんなでごちそうを食べに行った、とか。

そういう経験がないと、ただ出されたものを食べるだけで「食べるものを手に入れる」力や感覚が育ちません。

「あらぁ。お金と火を使うのは、人間が人間らしく生きることそのものなのにねぇ」

そんなわけで、私からもお願いします。

もしも、子育てに余力や関心があるのなら、親戚の子どもが盆暮れに遊びに来るような感覚で、季節里親になってください。

どんな役割が求められるのかは、この本に書いてあります。

「ひとりぼっちの私が市長になった!」草間吉夫/講談社
ISBN4-06-213693-7

| | コメント (0)

2009年4月25日 (土)

交際期間

里親さんと、里子候補の子どもが初めて会うことを「お見合い」と言います。

「お見合い」の調子が良いと、次の段階で「交流」というのになります。

子どもの暮らす場に出向いて、少しずつ関わりを持ちます。

自治体によってやり方や期間が異なりますが、かなり慎重でプログラムができているところだと、最初の1ヶ月は、週に数回、半日程度過ごすことから始まります。

で、この「交流」をしていて思うのですが、「交流」という名前がいけません。

あれは「交際」とすべきです。(笑)

そうしたら、誰にも理解できます。

「このおばちゃん、どんな人かなぁ~」

と思いながら、様子をみている子どもと、

「ふ~ん、こんな風に遊ぶ子なんだ~」

と様子をうかがっているおばちゃん。

遊びながら、このしぐさがかわいいとか、この表情が好きとか、こういうときの悪態はご勘弁だとかをお互いに知っていきます。

ほーら。お付き合いが始まった頃の若者にそっくりではありませんか。

いきなり同棲したら、いけません。

家に連れて帰っても、いけません。

まずは、ちょっとしたデートから。

お互いに呼ぶ呼び名も、まだ未定。

まあ!なんて初々しいのでしょう!!

ほらね。heart04

| | コメント (0)

2009年3月20日 (金)

学年末

卒業式に終業式と、子どもたちとのお別れが続きます。

一緒に過ごしてきた親御さんとのお付き合いも、「職員室を覗けばそこにいる」日常的なものではなくなってしまうので、皆さんわざわざご挨拶に来てくださいました。

「子育てに一番大切だと思うのは、仲間だと思うから、、、」

同じ仲間と思って、愚痴でも何でも聞かせてくださいね、と言われました。

たくさんいただいた、花束とプレゼント。

ありがとう。本当に、ありがとう。

そして、時を同じくして、子どもの話がきました。

教室の子どもたちは、少しずつ「ぺこ先生とのお別れ」のステップを踏んでお別れのときを迎え、

学校に働いていた私は、少しずつ「ずっと迎えに行けなかった我が子」の親になるためのステップを踏んで行きます。

待っていたのは、私の方ではなく、私が不妊治療を諦め、里親になる決意をし、仕事を離れることを受け入れ、子どもたちと円満にお別れできるのを待っていた子どもの方かもしれません。

私の神さまは、いつもやることが遅いのですが、

その私のやることを、もっともっと待っていた子がいました。

「待っててくれて、ありがとう」

だから今度は、私が、のんびりじっくり待つ存在になろうと思います。

「いいよー。お母さん、もうお仕事ないから、いくらでも待ていられるよ~」

実は、おばちゃんだから、追いかけられないだけだったりして。coldsweats01

| | コメント (4)

2009年3月 8日 (日)

少しずつ

学期末が近づき、少しずつ親御さんや子どもたちに、これからのことを伝えています。

下の学年の子は

「お母さんになるんだ~」

と、素直に喜ぶのですが、学年が上がってくると反応も微妙になり

「なんで辞めちゃうの~」

とも言えない男の子は、黙って涙を拭いておりました。

「そのうち戻ってくるからサ」

なんて言葉も、小さい子には通じますが、大きい子には通じません。

だって、残り少ない「今」を一緒にいてもらえないのだから。

親御さんも、たくさん声をかけてくださって、応援してくださるのだけれど、

「寂しくなります・・・」

と言われると、ホント、困ってしまいます。

「クラスが違っても、先生がいるだけで安心したのに」

それは、大きい子どもたちの想いと一緒なんでしょうね。

話を聞いて、同じ年代の女性として、近しい存在に感じた、という声も聞きました。

「教師」なんて生き物は、いませんよ。皆仕方なく自分を出さずに仕事してるけど。

私も、同じように迷い、悩みながら日々を過ごしているひとりです。

| | コメント (0)

2009年3月 5日 (木)

やりくりします

児相から、認定式のお知らせがありました。

「でも、年度末でお忙しいでしょうから・・・」

無理に出席しなくても後日担当さんから証書を受け取ることができるとは、以前から言われておりました。

が。

「来なくていい」と言われりゃ、行きたくなるのが人情。(笑)

ちょうど、授業の調整もしやすい日でしたので、行くことにしましたら、今度は夫まで休みをとって出席することに。

「あのう。結局、夫婦で出席することになりましたcoldsweats01

当初は

「行けても一人。基本的には欠席」

だったのになぁ・・・。

「ま、いいじゃん。行けるなら、行けるで。一生に一度のことだし♪」

なんと申しますか、一つの節目として、式の帰りにお茶なんかして、しみじみしてみたいと思うわけです。

思えば、子どもの入園も卒業もないものだから、夫婦ふたりぼっちの生活には、こうした節目も、そろって休みを取ることもなかったような・・・。

| | コメント (0)

2009年2月28日 (土)

子は鎹

今日は、児相の研修に行ってきました。

すでに活躍されている先輩里親さんが多数参加されていて、お話を伺えたのがとても有意義でした。

夫婦で研修に参加していると、夫婦のあり方や子育てについて真面目に会話することができます。夫と私、それぞれ別のグループで話し合いに参加すると、

「こっちのグループでは、こんな話があったよ」

「私のグループでも、そういう方がいらしたヨ」

などと、それぞれの感想を持ち帰りますので、これもまた良い勉強になります。

今日わかったこと。

1.養育里親に託される里子は、きょうだい一緒のことがままある。

2.里親さんたちは、実親の家庭に返した子どもたちのことを「今頃、どうしてるかなぁ~?」と思いつつ、また次の子を育てている。

3.年頃の子どもたちは、里子であれ、実子であれ、ろくに口をきいてくれない。shock

いろいろ大変だとは思うけれど、子育てを通して夫婦で成長できればいいなぁ、と改めて思った1日でした。

| | コメント (2)

2009年2月 9日 (月)

育児という家事

ほんの少し前まで、私は育児という家事に価値を見出せない人でした。

ずっと働き続けるつもりだったから、子どもは保育所に預けて、朝の登園までと、夕方のお迎え以降の面倒をみるのが、親の仕事だと思っていました。

今は、保育所もずいぶんと柔軟な対応ができるようになって、朝夕の延長保育を利用すると、朝は7時から、夜も7時まで、お金さえ払えば預かってくれます。

「ホホ。それなら、なんとかなるワ♪」

と、お気ラクに考えておりました。

だって、だって。私が結婚して間もなくの頃は、そんな延長保育をしている保育所は、ほんの少し。殆どが8時から5時、延長して6時でしたもの・・・。

で、保育所に預けながら働くつもりだったのに、里親からのスタートではそれが難しいので、とりあえず退職することに決めてみたら、今度は

「毎日、子どもと何して遊ぼうかなぁ~♪」

と、子どもと遊ぶことや、ベビーカーなんかなしで、自分ひとりなら5分とかからない道を、20分も30分もかけてお散歩するのもいいかなぁ、、、なんて思うようになっちゃって・・・。

ある日の夜。いつものように人気の少なくなった職員室を後にして、職場の門を出ましたら、お向かいの女の子が帰宅したところでした。

「えっ?!こんな時間まで?!?!」

毎朝、7時過ぎの校門が開く頃に、保育所に出掛けて行くのです。

お母さんは、クルマで女の子を保育所に預けに行き、一度自宅に戻り、クルマを置いてお仕事に向かいます。

「朝早くから、大変だなぁ~」

程度にしか思っていませんでした。

だって、帰りに見かけることは殆どなかったから・・・。

そしたら、学校には、殆ど年齢の変わらない1年生も、居残り勉強をしている上級生も、働いている先生たちもとっくにいなくなっているような時間帯に、おうちに帰っているわけです。

時計を見ると、7時半過ぎ。

「そっか。保育園で延長保育をしていると、こんな時間だよね・・・」

そう納得する一方、

「でもサ、長すぎだよweep

と、思わずにいられませんでした。

働くことが悪いことだとは思いませんが、保育所に預けてフルタイムでお仕事をすると、親子の会話は、ほんの短い時間に凝縮してしかできません。

朝7時に家を出るためには、夜8時には寝ていることでしょう。

家の掃除だって疎かになるのに。私、そんなんじゃ子どものことなんか何もわからないで過ごしちゃうかもしれない、と、思いました。

お稽古事なんか行かなくていいから。家でたくさん遊んでなよ。家でだったら、危ない道具も使わせてあげられるよ。大勢ではできないことを、やらせてあげられるよ。

そうした、効率のよさとは無縁の育児に価値を見出すようになっちゃったので、この頃の私は、職場への未練よりも、「家にいたら、子どもにどんなことをしてやれるかな?」と思うことが多くなりました。

昨日のアキバのお店だって、一人や二人ならネットではなく実際のお店に連れて行ってあげられます。

「なんだか、いろんな部品があるねぇ~。なんだこりゃ?」

と、片っ端から手にとって、見せてあげられます。

もう、おばちゃんだから、ミニスカートは履けないけどサ。

| | コメント (0)

2009年2月 2日 (月)

いろいろ遊べるじゃん

夫との会話。

ぺ「ねぇ、子どもは男の子と女の子、あえて言うならどっちがいい?」

夫「男の子」

ぺ「どうして~?」

夫「いろいろ遊べるじゃん」

ぺ「どんなことして?」

夫「ラジコンとかサ」

わかったよ。もう、その先は言わんでよろしい。

ラジコンとか、プラモデルとか、ボール遊びとか、ヨットとか、工作とか、一緒になってやりたいわけでしょ。

ぺ「じゃぁ、もしも女の子だったら?」

夫「バービーちゃんで遊ぶ」

ぺ「え~~~?!」

女の子相手に、バービーちゃんで遊ぶかい?

バービーちゃんでねぇ・・・。

いずれにしても、遊び相手が欲しいらしい。

ぺ「ねぇねぇ。プールに遊びに行って、私、水の中にろくに入らないで、プールサイドで寝てていい?」

夫「いいよ。スポーツクラブでだって、そうだったじゃん!」

ぺ「海に行って、パラソルの下から動かなくていい?」

夫「いいよ。いつもそうじゃん!」

なるほど。私では、遊び相手になっていなかったわけ、ね。

どうか、元気のありあまる、遊ぶことと食べることが好きな子とご縁がありますように。

| | コメント (0)

2009年1月31日 (土)

どれだけ心をかけるかで

春の退職を前に、

「自分の子どもだったらなぁ~、産休に育児休暇に、時短で、辞めなくても済むのになぁ・・・」

と、どれだけ思ったことでしょう。

正直、一番やりたかった仕事の中でも、一番やってみたかったことがやれるようになって、まさにまさに「これから」のときに仕事を離れるのは、無念であり、悔しささえありました。

「自分で産む子なら、使える制度がたくさんあるのに・・・」

と。おなかの中で、何度つぶやいたことでしょう。

でも、この頃、ちょっと違うのです。

仕事で子どもを見ていると、実際のところ、親御さんの目や配慮は、お仕事していない方の方が届きます。

「もうちょっと、手間をかけてあげられないかなぁ・・・」

と思うことが、お仕事をしていらっしゃるお母さんの子どもに感じられるのです。

もちろん、バリバリの共働きながら、ご夫婦が協力して必ずどちらかが休みを取り、すべての学校行事に欠席したことがない!という方さえいらっしゃいます。

ただ、そんな方は、極々稀で・・・。

子どもを「預けて」働くことに、ためらいを感じるようになりました。

「あのう。ボク、荷物じゃないんですけど・・・」

似たような理由で、この頃はベビーカーも「?」がついています。

本当に、ないとダメなものなんだろうか。

| | コメント (0)

2009年1月21日 (水)

ボクだって呼ばれたい

今朝、鳥さんたちのケージ掃除をしていると、肩にとまっていたケイが言いました。

「ペコチャン!」

ケイは、私のことを、こう呼びます。

自分たちのことも、

「ケーチャン!」

「モピチャン!」

と、しゃべります。

でも、夫の名前は呼びません。

「誰も呼んでくれない、、、」

たまに、夫がこぼします。

いつか子どもと暮らすようになって、子どもが夫のことを呼ぶようになったら、夫は、どんなにか嬉しいことだろうと思います。

ずっと、ずっと、何年も、そう思ってきました。

いつも、そう思っていました。

ただ、今朝、ちょっと違ったのは、、、

「もう少しで、本当に呼んでもらえるようになるかも♪」

と思えたことでした。

誰も呼んでくれない日々が、過去のことになる。かも。

私が職場で子どもと暮らす日が残り二ヶ月を切り、思い出作りのカウントダウンをする一方で、新たな出会いへのカウントダウンも進みます。

「なんて呼ばせようか~?」

ホント、どう呼ばせましょうかねぇ。

| | コメント (0)

2009年1月12日 (月)

家庭の個別性

冬休みに、自分の家のお雑煮を調べる宿題を出しました。

といっても、写真をとって、どんなお雑煮をどこで(自宅で、何県のおじいちゃんの家で、等)食べたのかを書くだけです。

そしたら、集まる集まる。各地のお雑煮が。

だしは、関東に多い鶏、かつお、昆布などでとるおすまし系から、西京味噌の京風、島根県の方に見られる小豆汁まで。

お餅は、角餅、丸餅、焼くの、焼かないの。

具は、「のりだけ」から、具だくさんで、いくらにうにが乗るものまで。

面白かったのは、どの子も自分の家のお雑煮は「当たり前」なので、ほかの子に

「えっ、あなごを入れるの?!」

「のりは、ないの?」

「里芋が入るの?!」

とたずねあっていることです。

聞かれた子は、みんな、当たり前の顔をして

「うん」

としか答えません。

そして、どのお雑煮も微妙に違うので、どの子も「ウチと同じお雑煮」がないのです。

「あれ。ゆずは入れないの?」

「大根は?」

「この飴みたいのは、何?」(←手まり麩のこと)

私、このやりとりを見るのが大好きで・・・。(笑)

みんな違って、みんないい。それが、「家庭」なんだと思います。

今、世の中、特に教育のマニュアル化が進んで、ある目標に向けて必要なものだけを選ぶ風潮が強まりつつあるように思います。目標とするお手本があって、それに足りないものを加えていけば目標達成で、出来上がり。

だから、地域の特性も、独自性も、文化もなくて、みーんな同じ。

でも、お雑煮には、いまだに、ちゃんと「文化」がある。

お母さんの好みで、途中から変えたものもあるでしょう。お父さんのこだわりで、続けているものもあるでしょう。

変えてもいいし、残してもいい。もちろん、お雑煮だけは、と、守り続けてもいい。

人生だって、そうじゃありませんか。

Img_2758 写真は、昨日のジュリアン。

バルコニーは風が吹くので、少し低めに植えました。

今朝花を掻き分けると、中にかわいい蕾を発見。まだまだ咲きそうです。

| | コメント (0)

2009年1月 8日 (木)

みんなが反対しないのは

少し前から、里親になります、養子縁組ができる子がいたら実子として育てるつもりです、と周囲に伝えています。

誰も反対しないで、かえって

「そっかー。いよいよ子育てだね!」

「どの位の子が来るの?」

「子どもが来たら、子どもを連れて遊びにおいで♪」

と言われるばかり。

なーんだ。案外偏見なんてないんだ♪よーかった!と思っていたら、、、

「そりはね、」

そりは?

「ぺこさん家なら、どうにか育てられそうだと思うからですよ」

と、言われました。

「えっ!?」

私、そう言われるまで、ひと(外野)が反対だの賛成だの言うのは、好きか嫌いかの問題だと思っていました。

偏見があって、血縁のない子を育てることに違和感のある人は「反対!」、里親の制度に理解があって、血縁のない子が新しい家族のもとで暮らすことに理解のある人が「賛成!」するのだと思っていたら、、、

この人だったらできそうか、それとも難しそうか。周囲は、そういうことで判断するというわけです。

「そっかなぁ。そうなのかなぁ」

先日は、職場のおじいちゃん先生にも伝えました。

「そんなことで、一度退職をすることになりまして・・・」

申し訳ない気持ちでいっぱいでした。せっかくいただいた仕事なのに。大事にしていただけたのに。

そしたら、

「そうですか。子育ては、人の一番の仕事ですからね」

と、あっさり。

「子育てしなさい、ってことなんだよ~♪」

そっかなぁ。そうなのかなぁ。

| | コメント (2)

2008年12月29日 (月)

寝年末

先週末に夫婦で仕事が終わり、のんびりお正月が来るのを待っております。

「え~と、あとやらければいけないことは・・・」

大掃除は、先日部屋を片付けた程度で致しません。

年賀状は、まだ手をつけていませんが、テキトーにすることにして後回し。

おせちは大晦日の受け取りだし、お餅は買ってあるし。

「ん。あとは、風邪をなおすだけ♪」

12月に入ってから咳が出るようになって、そのままずーっと止まりません。

毎年12月には体調が悪くなって、年末年始は寝込んでおしまいなのです。

なーので、今年は頑張らないことにして、のんびり食っちゃ寝、食っちゃ寝の寝年末です。

懸案だった退職を控えてのご挨拶も、一通り済みました。

私が教員になるまでの長~い道のりを支えてくださった方々へのお詫び行脚も、

「うん。それがいいよ♪」

との理解が得られて、更に感謝感謝でございます。

「あ~たね、他人の子どもを育てるなんて、生易しいことじゃないんだから。何を言ってるの!」

と、反対されるのを覚悟しておりましたし、世の中の偏見にあうことも予想しておりました。

しかしながら、片っ端から伝えていったけれど、

「そっかー。いよいよ子育てだね~♪」

「子ども連れて、遊びにおいで♪」

「いい子がくるといいね」

と言われることしかありませんでした。

不妊治療も限界までやった。ペットも飼った。仕事を通しての子育てもした。夫婦でありとあらゆる余暇も楽しんだ。だけど、それでも満たされない寂しさがありました。

夫婦で過ごした20年近い歳月は、結局、「楽しい家庭を作りたい」の一心で頑張ってきた日々、ということになるのでしょうか。

「子どもとの暮らしが軌道に乗ったら、仕事に復帰すればいいし。できなくても、もうこのトシだからサ~、そうなったらなったで無理することでもないしー。アッハッハ♪」

もう、誰にも、もったいないだなんて言わせないヨ。

私、子どもの頃の一番やりたかった夢、ちゃんとかなえたもん。

「理科の楽しさ、面白さを教える先生になりたい」って。

中退した大学の入試で書いた小論文にも、私、そう書いたのですよね。

いろいろあって遠回りはしたけれど。

Img_2720 写真は、本日のうし親子。

さらしを貼っている途中。お母さんうしの脚がなかなか難しい・・・。

| | コメント (0)

2008年12月 3日 (水)

小児科かぁ、、、

里親の研修に行ってきました。

朝から夕方まで。自治体や児相のいろいろな担当の方が、交代で講義をしてくださいました。

そもそも、里親とはどういう制度なのか。どんな子どもが、どのようにして里親にめぐりあうのか。実際に暮らしはじめると、どんなサポートが受けられるのか。そして、迎える前に必要な心構えなどなど。

で、なかなか有意義な研修ではありましたが、中でも「信頼できる医療機関を探しておく」というのがグーでした。

だってね、ウチのかかりつけの歯医者さん、小児歯科もやってる。皮膚科の先生は子どもも診てくれる。耳鼻科の先生は待合室にプレイスペースまで作ってる。眼科も整形外科もそれなりに良さそうなところわかってるけど、小児科はさぁ、小児科は私かかってないから知らないよーぉ。coldsweats01

どこか探しておかなくちゃ。

それからもう一つ。やっぱり「里子・里親」の制度では、措置解除となる高校卒業してからが問題だわ。

今の時代、高卒で住居の心配もいらない就職先なんて、本当に少ないよ。そりゃ自衛隊や新聞奨学生はあるけれど。

だから、施設の子は高校あたりから皆アルバイトだって。

だけどね。

私、自分自身がそうだったから、しみじみ思うんだけど、ありゃー辛いよ。

みんなもアルバイトするよ。周囲の友達もね。だけどサ、みんな自分の授業料のためじゃなくて、お小遣いのためじゃない?

なんで生まれた家が子どもを育てる力がなかったからって、自分だけアルバイトしなけりゃならないの。ほかの子は、予備校でも何でも当たり前にお金を出してもらえるのに。親から頭下げられてまで進学するのに。

育英会(現 日本学生支援機構)の奨学金だって、一括払いじゃないからサ、年額一括支払いの授業料には、そのままじゃ使えないのよ。

中学生や高校生が、勉強したいと思いつつお金の心配をしなきゃいけないのはサ、辛いと思うんだよね~。

どうにか子どもを感化して、洗脳して、住居に困らない道や奨学制度を探してあげようとは思うけどサ。

「自立した生活ができるまで、ずっとこの家にいていいんだよ」

と伝えようとは思うけどサ。

みんながみんな、成人の頃に自立できるわけじゃないものねぇ・・・。

| | コメント (6)

2008年12月 1日 (月)

眠い眠い

昨夜寝るのが遅かったせいか、今日は一日眠い眠い・・・。

8時過ぎに帰宅したら、鳥さんたちがピーピー鳴いて、あっという間に寝かせる羽目になってしまった。

今日から、夫は、また!出張。

「ひとりぼっちじゃん・・・」

もう、寝ちゃおうかなぁ。think

と、思っていたら電話が鳴りました。

児相から、今週から始まる研修の案内が届いているか、との確認でした。

「はい、ちゃんと来てますよ~♪」

12月に入り、仕事は学期末モード。

里親への準備は、ようやく研修の日程が確定して、参加の予定。

夫婦ふたりぼっちも、夫の出張でのひとりぼっちも、だんだんとなくなってくるのかしら・・・。

| | コメント (0)

2008年11月19日 (水)

次は研修

久し振りに児相から連絡がありまして、研修の日程が決まったとのこと。

「お仕事で無理とは思うのですが、、、」

いえいえ。そんなことを言ったらいつだって無理ですので、どうにかするのでありますっ!!

寒い駅のホームのベンチで、ケータイ片手に手帳をダラララ。

「はい。なんとかなると思います」

電話を切ったそばから、夫にメールバチバチ!!

暑い夏に赤ちゃんたちと遊んで以来、大きいお兄ちゃんお姉ちゃんたちばかり相手にしていたら、アブアブの赤ちゃんのことなんて遠いことのようになっちゃったよ。

でも、手帳の残りは、どんどん少なくなって。

順調に進むと、我が子に出会える日も、もうすぐ、なのかなぁ、、、。

| | コメント (0)

2008年11月15日 (土)

軟着陸

今日は、仕事の研修会でした。

久し振りの恩師にも再会できて、研修会も有意義で、改めて思いましたです。

「仕事、落ち着いたら非常勤で復帰しよう」

って。

私ってば、お仕事やりだしたら止まらないんですもん。フルタイムは、もう、無理です。coldsweats01

でも、週に3日ぐらいなら、育児との両立(といより、精神的に余裕をもっての育児)ができそうな気がするんです。

ようやく任せてもらえるようになった教科を、手放したくないという思いは本当に強くて。

そして、もうおばちゃんもおばちゃんだから、ブランクが長くなると、復帰は難しいと思うのです。だから、

「『パートのおばちゃん』先生よ~♪」

おかあさんは、パートタイマー。

お仕事の日も、暗くならないうちに家に帰ってくるんだ~。

「をし。これでいこう、これでhappy01

これでようやく退職願を清書する書く気になりました。

上司先生へのお話は、もうすでに通っておりますが、お清書だけはなかなかできずにいたのです。

「子どもたち、寂しがるんじゃない?」

恩師が言ってくれました。

「でも、何年もしないうちに復帰しますから♪」

卒業する頃には、あるいは中学生になって遊びに来る頃には、また戻ってきてるよ、って言えます。

だってだって、仕事を離れることで一番寂しがってるのは、この私なんですもの~ぉ。

| | コメント (0)

2008年11月 8日 (土)

托卵

授業中、いろいろな生き物の卵の話をしていたら、カッコウなど托卵する鳥のことが出てきました。

「自分の巣には卵を産まず、ほかの種類の鳥の巣に卵を産んで、その鳥に育ててもらうわけ♪」

すると、子どもたちから一斉に

「ひどい!」

「育児放棄じゃん!!」

「子すて!」

などなど、非難の声が上がりました。

托卵。

そりゃ、ひどい話です。鳥の多くが、爬虫類以下の生き物にはない巣作りや「夫婦で子育て」をするというのに。

更に、巣の持ち主であるオオヨシキリなどの卵より一足先に孵ったカッコウのヒナは、自分を育ててもらうために周囲の(つまりはオオヨシキリの)卵や後から孵った自分より小さいヒナを、巣から落としてしまいます。

「ひでーーー!!」

(なんてことになるので、ココには触れず、先に進みましたがcoldsweats01

でもねぇ、カッコウさん、体温が不安定で、卵を温めるのには不向きな体なんだそうです。

だから、

「ごめんなさいね」

と、よその鳥さんに自分の卵を托して行く、という説が有力だそうです。

、、、。

自分では孵せないから。

そんなカッコウさんを、誰が責められましょう。

私には、それが里親に子どもを託す親の姿と重なって見えて仕方ありませんでした。

そして、人一倍お騒がせなヒナのことも。

オオヨシキリの親は、自分よりはるかに体の大きなカッコウのヒナに、せっせせっせと餌を運びます。

カッコウヒナなんか、小さな巣からはみ出るほどの巨体なのに。crying

「これも、鳥の賢さ、なのかなぁ、、、」

なんだろなぁ。

| | コメント (0)

2008年11月 6日 (木)

それは言わないで

午後の校庭で。

去年受け持った女の子が言いました。

「ねぇ、ぺこ先生。来年私たち担任しない?」

「ん?」

「去年、楽しかったのになぁ~」

そんなこと、言わんでくれ。

ウチに子どもが来なくなってしまうでないの。

、、、そして日が暮れて、真っ暗な帰り道。グラグラする私のココロ。

「いかん!辞めるのをやめたらいかん。復帰のことを考えよう。復帰、復帰!!」

急ぎ足で横断歩道を渡りました。

| | コメント (2)

2008年10月26日 (日)

おさがり

夫が、会社の同僚の方から子ども用品をいただいてきました。

クルマのチャイルドシート、ダイニングテーブルで使う子ども用の椅子、赤ちゃん用のおもちゃ、おんぶひも、砂場服、絵本、腹巻、その他もろもろ。

3人のお子さんがすっかり大きくなって、よかったらどうぞ、と。

「へぇー」

どれもこれも、長い間子どものいない我が家にはなかったものでした。

絵本には「0・1・2さい」なんて書いてあります。

私が子どもに本を読むのは、いつも家の外。仕事やボランティアでよその子にするだけでした。

「うちに来る子、どのくらいなんだろう。これ、使えるくらいの子だったら、いいねぇ」

夢のまた夢の子ども用品。

ご縁があると、もう、数ヶ月後には使えるかもしれないと思うと、感慨深いものがあります。

| | コメント (2)

2008年10月15日 (水)

行き場がない子どもたち

昨夜のNHKクローズアップ現代は、「行き場がない虐待された子供たち」。

昨年の暮れ、私が初めて訪ねた児相で、初めて見た子どもたちの姿そのものでした。

あの日、まだ「三日里親」しか視野になかった私が、どんなものなのかを聞きたいと児相を訪ね、対応してくださったケースワーカーさんと里親(養育里親)制度や三日里親のことなどを話していると、外から「ボン!ボン!!」という大きな音と、キャーとかワーとかいう叫び声が聞こえてきました。

「ケンカかなぁ。なんだか物騒なところだなぁ、児相ってトコは、、、」

なんて思いながら話を続け、さあ帰ろうと席を立ったとき、そのケースワーカーさんが中庭で遊んでいる子どもたちのことを話してくれました。

「一時保護所にいる子どもたちが、ちょうど夕方の遊び時間になって出てきたんですよ。

本来は児童養護施設に入るのですが、今どこも満員で、ここで空きを待ってるんです。

でも、ここにいると学校にも行けなくて、、、」

「え?!学校にも行けないんですか!」

親元で暮らせないのはまだしも、子どもにとって学校は、生活の大半を占める重要な場所です。そこに何ヶ月も通えないだなんて。せめて、すぐそこに学校があるのだから、転校して一時保護所から通うことぐらいできてもいいのに・・・。驚いて聞き返す私に、

「ここでは外出ができなくて。だから、勉強の時間になると、この中の、ちょっとした教室みたいな部屋で勉強してるんです」

と、教えてくださいました。

「外出もできない?」

「学校にも行けない?」

もう、私は言葉がなくて絶句するばかり、、、。

そして、昨夜の放送。

まったく、そのまんまです。

「私が、あのとき、見て、聞いた、あのまんまだわ、、、」

こんなとき、土井ホームの土井先生みたいな里親さんが、日本に何千人といたら良いのでしょうが、そんなはずはなく・・・。

「私たちが、1人でも2人でも子育ての経験を積んで、少しでもこころに傷を負った子の養育に耐えられる里親にならないといけないわけね、、、」

なんと時間のかかる話でしょう。すでに子どもは溢れかえっているというのに。

でも、やらなきゃ変わらない。救えない。

子どもをとりまく現状は、本当に厳しくて。

里親の養成も、大変な労力が必要です。

| | コメント (6)

2008年10月 2日 (木)

子どものニュースに

幼い子どもをめぐる、痛ましいニュースが続いています。

親も子も、いろいろな事情や背景があって、小さな命が失われることが珍しくありません。

「よほどのことがあったんだろうなぁ、、、」

この頃の私は、あまり親を責める気になりません。

誰だって、自分で産んだ子どもを笑顔で育てられるのなら、手放したり、殺したりなどしないわけですから。

だから、「こうのとりのゆりかご」にしても、どうしようもなくなったときに、せめて子どもの命や安全が確保できるよう社会に託してくれた親御さんには

「よくぞ、その道を選んでくれた」

と思ってしまいます。

「どうぞ安心して新しい人生を歩んでください。この子は、私たちが責任をもって育てますから」

どこか、マザーテレサのような気持ちにさえなって・・・。

そんな中、今日もお母さんが子どもを棄てたニュースが。

ネットカフェで出産。遺棄したお母さんは逮捕。

「で、子どもは、、、」

つい気になって、ニュースの先を読み、

「病院に保護され、無事」

に、ホッ。

いいんだよ。お母さん。

早くみつけてもらえて、よかったね。

もう少し遅かったら、心臓、動かないままだったかもしれないものね。

私に言わせれば、いよいよ困ったときに公的な援助が受けられることを知らせてない社会が、役所が、学校が、いけないのッ!!

| | コメント (0)

2008年9月21日 (日)

雨の日のヨット

今朝は、お天気が良かったので、ヨットに出掛けました。

洗濯物を干して、窓を開けて、鳥さんたちに留守番を頼んで

「行ってきま~す♪」

ところが、あいにくの大雨。

船、出たんですけどね、私は雨具の用意何もしてなくて、一日、キャビンで過ごしました。

080921

見えるのは、こんな景色だけ。

海も鳥も何も見えません。

「こんなヨット、初めてshock

元来、ヨットというのは、雨でも風でも走るんですけどね。私たちの船は、雨の日には出掛けないぐーたら船なので、晴れの日しか知らないんですねぇ。coldsweats01

で、のんびりとキャビンで過ごしまして(その間、デッキではサバが次々10匹近く釣れて大騒ぎ)、夕方帰港。帰りは、ショッピングセンターでお買い物。

夫の肌着に、私の石鹸。朝食用のジャムや夕食のキムチも買いました。

帰宅して、干しっぱなしだった洗濯物を取り込み、濡れた荷物をほどき、キムチやジャムを冷蔵庫に入れようと袋から取り出すと、、、

「アハハ。りんごみたいになってるよhappy01

Img_2462 ジャムのビンの包装が、可愛らしかったので、パチリ。

今日のお天気は、良くなかったのだけれど、ヨットの皆さんと里親の話をしていたら

「へ~。ぺこさん家にも子どもが増えるんだー」

「いいねぇ。小さいうちから船に乗せたら、酔わない子になるよ♪」

仲間の増えるのを喜んでいただけて、嬉しかったです。

| | コメント (0)

2008年9月17日 (水)

奥様の趣味は?

夫が児相から帰ってきました。

「で、何聞かれた?何なに、なんだって???」

「奥さんの趣味」

「え?!?!な、何?!?!」

「奥さん、仕事辞めて子どもを待っても、タイミング悪くて待つことがあるでしょう?その間趣味でもあればいいんだけど、って」

「アハハハ」

趣味ってば、ありすぎです。

絵も描けば、楽器も弾くだす。野菜も作ります。人形も作ります。裁縫に編み物も嫌いじゃありません。鳥さんたちはレロレロ鳴きます。

待っていろと言われれば、これまで仕事でできなかったやりたいことがたくさんありますです。

お小遣い稼ぎにベビーシッターやろうかなんてこともたくらんでおります。

保母さんの資格もあるでよー。

平日、クルマ乗り放題だもん(いつの間にかペーパードライバー脱出)。どこへ行こうかな~。

、、、と、私ってば、遊ぶことばかり。coldsweats01

| | コメント (2)

模擬面接

今日は、夫が児相で面接です。

よって、数日前から模擬面接。

「ご主人、実習は、いかがでしたか?」

「たのしかったですヨ」

「7日も行かれたそうですが、どうでしたか?」

「行けば行くほど子どもたちが慣れてくれて、たのしかったですヨ」

「子どもたちと過ごす奥さんは、ご覧になっていて、どうでしたか?」

「普通にしてましたヨ」

「あ、そうですか」

あれれ。終わってしまいました。coldsweats01

でも、まだ帰ってきません。

本当の面接は、もっと上手に話を聞きだしてもらっているのでしょう。

手続きが順々に進む中、私たちは夫婦間の意見を擦り合わせ(夫婦で里親に対する考えに温度差がないように、と言われてきました)、親族や親戚に根回しをし、職場に理解者を作り、これからはご近所や近隣の方々とのお付き合いを密にしなければなりません。

「あ!あの子、もらわれてきた子だよ」

「本当の親子じゃないんだってね」

♪そーよ、つぎはぎのたのしい家族なのよ~

♪いいでしょ~

そう言って、賑やかに暮らすんだーい!

| | コメント (4)

2008年9月12日 (金)

帰ってきたので酔っ払い

夫が出張から帰ってきたので、今日は隣の居酒屋へ。

「生ビール、2つ」

「たこのから揚げと、まぐろのぶつ。あと、ほうれんそうのごま和え」

とりあえずビールで乾杯致しまして、留守中の面接のことなど、あれこれ。

やれ、子どもは、やっぱり小さい子がいいだの。

乳児期には、誰か一人が昼も夜も関わることこそ大切だと思うから、やっぱり家庭での養育が欠かせないだの。

それって、アタシは児童心理学だの保育原理だのの授業で習ったことなんだけど、それとはカンケーないアナタの立場からは、どーなのよ?だの。

次第次第に、酔いが回って、勢いもついて。

「結局ね、どこへ行っても、出されたごはんを『いただきます!』って喜んで美味しそうに残さず食べたらサ、それを悪く言う人は絶対いないんだから。アタシたちが教えたいのは、それだけなのヨ。それさえあればサ、どこででも大事にしてもらえるんだから。ね、そーでしょ?」

酔っ払いさん、帰ってきたばかりのもう一人の酔っ払いに無理矢理

「うん、そうだ」

と言わせて帰ってきました。

竹内まりやちゃんの昔の曲に

「人生は、あなたが思うほど悪くない」

という歌詞がありました。

ワタシね、それ、わかって欲しいんだ。赤ちゃんに。

この世の中はね、アナタも苦労多くて大変だったと思うけど、決して捨てたものじゃないよ、って。

| | コメント (0)

2008年9月 8日 (月)

今日もまた、ひとりごはん

今週も、また夫が出張です。

ど~して・・・。(そりゃ仕事なんだけど・・・)

生まれてこの方、こんなにひとりぼっちで食事をしたことがありません。shock

今日は、児相で実習を終えての面接でした。

実習での様子や、その後の心境の変化なども訊かれまして、あれこれ答えましたが、締めくくりは

「ご主人、急に出張が多くなりましたねぇ~」

「はい。だもので、いよいよ私も仕事を辞めるしかないかと思えるようになりました」

でございました。

長く、長~くかかって今の仕事に就きましたし、その中でも、一番やりたかった教科をようやく持たせてもらえたというのに・・・。

いっぱい悩んだけどサ。子どもは突然ぐずるし、熱を出すんだもん。

そのたびに慌てたり、焦ったり、余計な心配しないで良いようにするためには、お仕事辞めてしまうのが一番です。

未練がないかと言われれば、まったくないわけじゃないけれど。これで一度辞めて、復帰できないまま終わるようであれば、その程度の能力であり、その程度の仕事だったんだ、ということで諦めれば良いのではないかと思ってございます。

それに、今まで何かと無茶しすぎました。coldsweats01

そうそう。今日、児相の方とお話していて思ったのですが、私たちは、かなりいい加減な暮らしをしています。「こうあらねばならない」と思うのは、「せっかく出されたごはんは、残さずいただくべきである」というくらいで、あとは、かなーりいい加減。

なーので、例えば子どもがやってきたとして、何かを乱されて困るというのは、あまりない家なんじゃないかな、と。

ただね、ひとつだけ、どーしても困ることがあるのです。

そりは、鳥さんを逃がされてしまうこと。

子どもと私がケンカして、子どもがいよいよ怒って、

「こんな鳥なんか、逃がしちゃえ~!」

って、鳥を放して網戸を開けてしまったら、、、

私、泣いちゃう。

泣いちゃうどころか、涙も出ない。

それだけは、それだけは、どーしても、ご勘弁。

ほかは、何壊しても、何汚しても構わないから、鳥さんだけはやめてね、と、出会ったその日からお願いし続けなければなりません。

「あなたも、鳥さんも、私たちにとって、とーっても大事。だから、決して迷子にさせないでね。私たちも、絶対にあなたを迷子にさせないから」

と。ひたすら刷り込まなくてはなりませぬ。

| | コメント (0)

2008年9月 6日 (土)

児相に電話

昨日、児相に電話をかけました。

もう、夕方遅く。通常の勤務時間なんか、とっくに過ぎています。

本来なら、私がもっと明るいうちに連絡入れないといけなかったのですけどね。日中仕事がひと段落して

「よし、今だ!」

と思って時計見たら、ちょうどお昼休みの時間帯で。

「じゃ、もう少し後に、、、」

と思ったら、会議やら団体での外出やら諸々入っちゃって、気がつけばお役所の就業時間外でございます。

「でも、週明けでは遅いので、、、」

伝言だけお願いできないかと思い、ダメもとで電話をしてみました。

そしたら、、、

別の担当の方が代わりに出てくださったので、手短に伝言だけお願いして、電話を切りました。

「あらららら、、、」

時間外に電話がつながるということは、お仕事、遅くまで際限がない状態だということです。

先日も、電話をいただいたのが夜の7時過ぎでした。

日中勤務先に電話をいただいて構わないとお話してあるのに、夜7時過ぎにお電話がいただけるということは、7時過ぎでも平気で仕事が山盛りということです。

7月に実習の説明を受けたのは、土曜日の午後。ほかにも休日出勤の案件があったのだそうですが、、、。

8月の実習オリエンテーションの日は、本来だったらご自身が夏休みを予定されていた筈なのに、予定を変更して同席してくださいました。

来週も、お約束があるのですが、私の仕事が終わってから。ばっちり時間外です。

「いったい、いつ休むんだろう?」

そんなわけで、せめて手を煩わせない里親になりたいなぁ、と思うこの頃です。

| | コメント (0)

2008年8月30日 (土)

微妙な反応

夏休みは、そろそろ終わり。職場では、久し振りの同僚に実習の様子を訊かれます。

「で、どうだった?」

職場には里親になることを考えていることや、そのための手続きを進めていることは伝えてありますので、周囲の皆さんは、その後の様子を聞いてくれるわけです。

「おもしろかったですよ♪夫なんか、大喜びでhappy01

「うまくいきそうなカンジなんだ、、、」

すると皆さん、トーンがですね、下がっちゃうんです。

「そっかぁ。うまくいきそうなんだ、、、」

あれれdespair

不妊治療のときには、みんな喜んでくれたのになぁ。無事採卵とか、無事移植とか、進むたびに。(結局、その後の壁が越えられなかったけど)

私が出産する、というのと、里親になる、というのは、素直に喜べる度合いが違うみたいです。

お仕事、辞めたら、あきまへんですか。

でも、犬だって、パピーウォーカーが育てるじゃないですか。

なんで人間の子どもが、人間の家族の中で育ててもらえないのですか。

人間なのに、犬以下って、どういうことですか。

そう思ったら、腹が立って腹が立って、仕方がありません。

「ぺこさん、嫌気がさして帰ってくるんじゃなくて、炎メラメラになって帰ってきちゃったthink

微妙な反応は、そんなことかもしれません。

ま、いずれにしても、私、怒ってるんだ。

みんな本当に子どものためを思ってるんだろうか。

そう言っている間にも、子どもの人生の大事な一瞬一瞬が過ぎているというのに。

| | コメント (0)

2008年8月18日 (月)

希望のバス

里親の実習でお世話になった乳児院には、バスで通いました。

我が家の目の前と、すぐ前にあるバス停から、3系統が使えます。

目の前のバス停からは、角を一つしか曲がらないで到着。

すぐ前のバス停からは、角を3つ曲がって到着。

その1つ目の角に児相があり、隣が不妊治療でお世話になった大学病院。

毎日、患者さんや職員らしき方がバスを降りていきます。

「でも、私はもうココ、来ないんだ♪」

大きな大きな建物を後にして、バスが角を曲がり、少し行くと、もう降りるバス停。

道路渡ってすぐのコンビニで、ミッフィーちゃんのシールを集めました。

このバス通りは、子どもたちとお散歩で何度も通りました。

古い町で、バスが住宅街の中をぐるぐる走っているので、子どもたちが一番初めに覚える自動車は「バス」でした。

川沿いのバス通りにいると、大きなバスが次々通り過ぎます。

「バス!」

「バース!!」

自分が乗る「ブーブ」より、目の前を通り過ぎる「バス」の方が子どもたちには親しみがあって、子どもたちがバスを見つけて叫ぶたびに、私たちも一緒に手を振りました。

今の住まいに10年も暮らしていながら1度も使ったことがなかった、このバス路線。

あまりにも目の前から乗れるものだから、夫は「どこでもドア」なんて言っていたけれど。

毎日朝と夕方、10分だけ乗ったバスの旅。

新しい希望へ向かうバスでした。

| | コメント (0)

2008年8月16日 (土)

実習終了

長かった乳児院での実習が終わりました。

つ、疲れた・・・。

酷暑に加え、言葉を話せる子どもが殆どいない中でしたから、とにかく気をつかいました。

10日間もの実習は、はっきり言って長すぎです!

拷問かと思いました。shock

もう、これは、夫婦の根性と、体力、夫婦仲を試す適性検査以外の何ものでもないと確信しました。(笑)

ただ、我が家は夫婦ともに仕事が夏休みだったので、最初の3日以外は夫婦で参加することができました。

いえ、私一人で背負い込むのがイヤだったので、夫につき合わせたと言うべきでしょうか。coldsweats01

だって、だって、、、

「主たる養育者は奥様ということになりますので、基本的には奥様に実習していただいて、ご主人はお仕事がお休みの日に、、、」

なんて言われるのが、すごーーーくイヤだったのです。

子どもあやすの上手でも、児童福祉の知識も何もないのは、夫の方でございます。

発達には個人差がつきもので、同じ月齢や年齢でも、子どもによって違いがあることなど、普段子ども集団を相手にしている私にとっては当たり前のことも、夫は殆ど知りませんでした。

まして、一緒にごはんを食べてくれる仲間(家族)が欲しいと熱望したのは夫であります!

とかなんとか言って、やっぱり私一人で通いきる根性がなかっただけのハナシかも。coldsweats01

いくら仕事を辞めたって、とても一人じゃ人ひとりの人生を預かることなんかできませーん!!

| | コメント (2)

2008年8月14日 (木)

ミッフィーちゃん

コンビニで、お弁当についてるシールを集めると、ミッフィーちゃんのグッズがもらえます。

いつもは使わないコンビニなのですが、乳児院に行く途中にちょうどあります。

毎日、バスを降りると、そのコンビニへピンポ~ン。

毎日、同じ店員さんが迎えてくれます。

毎日、おにぎりやパンを買いまして、

毎日、お昼にいただきます。

毎日、食べるたびにシールがたまって、今日、ようやく目標を達成しました。

「これでミッフィーちゃんがもらえるね♪」

ミッフィーちゃん、別に好きではなかったから、初日はポイと捨ててたんです。

だけど、もしかしたらウチに来る子がミッフィーちゃんが好きかもしれないな、と思って・・・。

もう少しで実習も終わりです。

| | コメント (2)

2008年8月11日 (月)

うれしいときも悲しいときも

今日は、私の腹痛も治まったので、二人で実習に行きました。

「おはよ~♪」

今日も、赤ちゃんたちのお部屋でした。

離乳食を食べさせて、一休みしたら、お庭で水浴びです。

水遊び用のおむつをはいて、水着を着させて、チャプチャプチャプ。

お魚やあひるさんのおもちゃを浮かべて、夫と、赤ちゃん二人とケラケラ笑って遊びました。

んで、今日、改めて思ったんです。

施設になくて家庭にあるのは、こうした遊びも、食事も、ケンカも、うんちも、おひるねも、誰かひとり決まった人に関わってもらうことだ、と。

先生方、本当によく面倒をみてくれます。

でも、夕方には交代なんです。朝には、また別の先生。

さっきおむつを替えてくれた先生と、今度ごはんを食べさせてくれる先生は別の人。

転んで泣いていたときに抱き上げてくれた先生は、今笑っている「私」の前にはいない。

ああ、そうだ。これなんだ・・・。

これは、私自身が数日通って痛感したことでもあります。

毎日保育士さんが入れ替わるので、とにかく疲れるのです。wobbly

もちろん、どの先生も優しくて、丁寧なんですよ。本当によくお仕事なさるし。

だけど、なんでこんなに疲れるのかと思ったら、人が次々入れ替わるので、落ち着かなくて気を遣って、目が回っちゃうわけですネ。まして、たくさんの子どもを次から次へ相手にするものだから、もう、何が何だか・・・。

「はは~ん、なるほど・・・」

いくら担当とか担任とか工夫しても、施設である以上家庭のようにはいかないことが、ようやくわかってきましたワ。

朝も夜も、うれしいときも悲しいときも、おなかが空いたときもごはんを食べるときも、雨の日も晴れの日も、いつもいつも同じ人がいて、自分を守ってくれて、自分の気持ちをわかってくれる。同じ笑顔、同じ抱っこ、同じ背中、同じ声。その「いつも同じ」感覚が大切なのだ、と。

結婚式のときに「病気のときも健康のときも」と誓ったけれど、あれと同じことを赤ちゃんも必要とするわけですね。

「ずーっと一緒。私たち家族で、ずーっと一緒」

「何があっても一緒?」

「本当に一緒?」

だから、みんな「試し行動」をするわけね。

「良い子の私も、悪い子の私も?」

「笑ってる私も、泣いてる私も?」

「かわいい私も、憎たらしい私も?」

ええ、そうよ。ずっとずっと一緒よ。さあ、おうちに帰ろうか。

そして日が暮れて、夜になって、子どもたちは夢の中。

どうか明日も、また楽しい一日でありますように。

| | コメント (0)

2008年8月10日 (日)

今日は夫ひとりで

今日も、夫とともに実習の予定でした。

が、

朝から腹痛がひどくて、ダウン。

今日は、夫ひとりでの実習となりました。

昨日、あんまりごはんを食べてくれなかった子が、今日は食べてくれたそうです。

昨日、私が沐浴させた赤ちゃんを、今日は夫が沐浴させたそうです。

「へぇ~」

んでね、やっぱり小さい赤ちゃんがかわいいわけなんです。

小さな赤ちゃんのお世話をするたびに、正直なところ、

「でも、こんなに小さい子には、来てもらえないんだろうナ」

と思うと、心境は複雑です。

「いいんだよ、ぺこちゃん。それを確かめるための実習なんだから」

乳飲み子の夜鳴きだって、全然構わないという夫。

なんでそんなに子どもが好きかなぁ、、、。

| | コメント (0)

2008年8月 9日 (土)

夫とともに

今日は、夫とともに実習でした。

夫のひざの上に赤ちゃんたちが乗っておりまして、、、

家に帰れば、鳥さんたちが乗っております。

「あ、うんちした♪」

家では、鳥が肩の上でうんちをしますが、

乳児院では、赤ちゃんたちがよだれをたらします。happy01

夫婦してスポーツクラブに行くような服装をして、

よだれと鼻水にまみれております。

今日は、沐浴5連発。私と夫と保育士さんで、次々入れました。

その後、

赤ちゃんたちは、おひるねの時間で寝ていましたが、sleepy

私たちは、おひるの休憩でバタンと眠ってしまいました。sleepy

役に立たないのが二人もお部屋にいて、保育士さん大変だと思うんですけどね、

せっかくなので、良い親になれるよう、がんばります。

| | コメント (0)

2008年8月 8日 (金)

いっしょにごはんを食べたい

連日、赤ちゃんを抱っこしておりましたので、、、

左腕が、筋肉痛でございます。coldsweats01

連日、赤ちゃんをあやしておりましたので、、、

あの微笑には、コロと負けてしまいます。

連日、いろんな保育士さんのお世話になりますが、

「男の子と女の子、どちらをご希望なんですか?」

とたずねられることが、よくあります。

性別はどちらでも良いのですが、一緒にごはんを食べたいので、なるべくならアレルギーなどで食事制限のない子がいいとは思っています。

「子どもが来たら、一緒にごはん食べるんだぁ~happy01

って、食べることしか考えていませんでした。

そして、昨日、ふと気付いたのです。

乳児院では、大人と子ども、一緒には食事をとりません。

子どもの食事時間は、大人はせっせと介助をするので、大人は子どもとは別の休憩時間に食事をとるわけです。

「、、、ってことはサ」

ってことは、、、

「これ、おいしいね♪」

って、私たちが一番したいと思うそれが、施設の暮らしにはないわけです。

「そ、そんな、、、」

施設養育(保育)と家庭養育(保育)の一番の違いは、子ども専用か否か、と保育の授業で習いました。

施設は子ども専用だから、ゴロ寝をしているお父さんも、パジャマ姿のお母さんもいないのはわかっていました。

だけど、一緒にごはんを食べてくれる人がいない、っていうのは、どうなんでしょう。

保育士さん、後で同じ献立の食事は食べているようですが、同じ席では食べないので、今日のスイカは甘いとか、このお肉はおいしいとか、うどんの味が少し薄かったね、とか、そういうのを共有することはできません。

「え~~~weep

私、多少栄養が偏ったって、大人と同じものを食べて共感することが大切だと思うんです。

お母さん、お父さん、おじさん、おばさん。早く迎えにきて。

保育士さん、一所懸命愛情を注いで面倒みてくれているけれど、

「一緒にごはんを食べる」

という、生きる上で一番基本となる経験が施設ではできないのです。

お箸を使ってごはんを食べる大人の姿も、普段は目にしません。

「ウチの鳥さんたちだってサ、人間がごはんを食べていると一緒になってエサを食べるヨweep

鳥でさえ一緒にしたがることを、人間の子どもが経験できないだなんて。weep

| | コメント (0)

2008年8月 6日 (水)

またしてもひとりごはん

乳児院での実習のオリエンテーションを済ませて、夫は昨日から出張。

私ひとり、乳児院で実習をし、私ひとり、夕ごはんを食べる日々となりました。

しかしながら、、、

子どもたちのよだれと汗でドロドロになって帰宅するので、夕方帰宅するなり洗濯機をまわし、シャワーを浴び、さっぱりしたところで新聞を読み、適当にひとりごはんを食べ、適当に眠り、朝目覚めてから実習先へ向かうまでに時間があるので、適当に家事を済ませ、、、

という毎日は、精神的にラクで、家のことは片付くし、なかなか良いカンジ。

「うん!仕事辞めて、育児と家事に専念しちゃおう♪」

もう、迷いなんか、ありません。(今日のところは)

楽しいし、健康的だし、洗濯は進むし、夕食早いからおなかの調子も良くて、サイコー!!

結局さ、仕事がどうのじゃないんだよネ。

やりがいだけの問題。

今日は、たまたま2歳を過ぎた女の子とお散歩に行きました。

「2歳ちょっと、かぁ。ということは、今度の春から幼稚園に行く学年なんだよねぇ。3年保育だったら、、、」

幼稚園に通うまでなんて、あっという間です。

ビュン!と過ぎてしまいます。

幼稚園に入って3年したら、もう小学校です。

小学校のあっという間なのは、職業柄痛感するところ。

そして、中学、高校、、、。

嗚呼、仕事なんか、もう、どうだっていい。子どもの成長を追いかけるだけで、充分にやりがいもスリルも変化もありそうだ。

もう、迷わず言うことにしよう。(今日のところは)

これからの20年を、仕事に打ち込む20年とするか、育児に翻弄される20年とするか。どちらを選ぶかと言われたら、はい!後者ですっ!

お仕事辞めて、夜鳴きとか、家庭内暴力に立ち向かうんだぁ!

もう、大勢の余所の子面倒見るの、疲れた。shock

だって私、名前も覚えられないんだもん。欠格もいいところ。

もう、一人とか、二人とか、名前覚えるのに苦労しない程度で行こうと思う。

| | コメント (0)

2008年8月 5日 (火)

乳児さん、幼児さん

今日から、本格的に実習となりました。

といっても、何かを説明されて「はい、やってみて」ではないので、なんというか、ゴロゴロ赤ちゃんがいる中で、一日ごろごろ過ごしていただけ、のようなカンジなのですが。

今日は、赤ちゃん(乳児)クラスでスタートして、途中、1歳を過ぎた幼児さんのクラスに赤ちゃんを連れて遊びに行きました。

大きい子と小さい子が一緒にいると、違いがよーくわかります。

同じようにおもちゃを差し出しても、反応する場面が違います。

片言なりに言葉をしゃべるのと、アーしか言えないのと。

んで、昨日のハナシじゃないけれど、2歳にもなると完全な幼児ですから、赤ちゃんの雰囲気がありません。

「もうちょっとで、幼稚園に行けるネ」

ってくらいです。ので、そのまま数年としないうちに、教室にいる子なわけですねぇ。

・・・。

んで、ふと、思いましたです。

里子に行く子の多くが、乳児院から措置変更となる2歳の頃と聞きますが、ウチの場合、もしかしたら、乳児にこだわるべきなのかな、と。

「そんなこと希望したら、いつまで待っても順番来ないよ」

と我慢してたんだけど、私たちが見たいのは、もしかしたら「アブアブで来た赤ちゃんが中学生になり、高校生になり、成人していく姿」なのかもしれないな、と。

それは、ちょうど人間の「変態」を見るようなもので、、、。

乳児の時期、幼児の時期、学校に上がり、思春期を迎え、さなぎのような悶々とした時期を過ごし、自分でお金を稼ぐ大人になる。まで。

「そうよねぇ。小学校の教員だって、まだヨチヨチしててピョンピョンはねてる頃から、ひげが生え始めるまでだから面白いんだもの・・・」

「いや、だからって、それにこだわると、本当に順番まわってこないよ。いいじゃん、赤ちゃんの頃が一緒に過ごせなくてもサ」

「ま、そうなんだけど。それで本当にいいのか。本当にそれがいいのか、ってとこなのよ」

「ふむ~」

ま、実習は始まったばかり。少しずつ考えていきましょう。

| | コメント (0)

2008年8月 4日 (月)

赤ちゃんがいっぱい

今週から、乳児院での実習です。

初日の今日は、打ち合わせと館内の見学だけでしたが、赤ちゃんたちのいるお部屋にもお邪魔しました。

「こんにちは~」

もう歩けるおにいちゃん、おねえちゃんたちと、まだ歩けない小さな赤ちゃんたちがそれぞれのお部屋で過ごしていました。

3食ごはんが食べられて、歩けるようになるのがだいたい1歳。その頃を境にクラスを分けるのが、一般的な横割り保育。

んで、思い出すのが姪を預かっていた頃のこと。

生後4ヶ月で我が家に来て、離乳食を食べさせ、ミルクを飲ませ、1歳近くになってすっかり自力で食事ができるようになった頃、つくづく思ったのです。

「これで、一人前の子ども♪自分で移動ができて、自分の力でごはんが食べられる」

と。あれは、一つ大きな節目を超えた実感があって、嬉しかったんですよねぇ。

だものだから、つい、、、

「そのときを一緒に迎えられたらいいのになぁ、、、」

なんて思っちゃって。

そんな小さなうちに委託される赤ちゃん、滅多にいないのです。

「だけど、1歳までの乳児期と、それ以降じゃ全然違うもんねx、、、」

生後1年の劇的な変化。1年過ぎたら、あとは大きさの違い、程度の違いだけで、

「ずっと大人になるまで一緒じゃ~んweep

言うな、ぺこ。それ言ったら、おしまいだ。

| | コメント (2)

2008年7月26日 (土)

つぎはぎ家族

今日は、もう引退されている職場の先輩のお宅にお邪魔しました。

近況や、着々と進んでいる里親のことなどをお伝えすると、はじめは心配されて

「でも、育児は、仕事の楽しさを考えたら退屈なこともあるから、よーく考えた方がいいわよ」

と仰っていたのですが、そのうち

「そうなったら、ぺこさん、子どもを迎えた方がいいわ。それがいい!」

と賛成されちゃって、、、。

「そうですかぁ。子どもを迎える道を選ぶ方がいいですかねぇ」

と答えつつ、児相の方に

「ぺこさん家は、縁組前提がいいですよ♪」

と言われたときを思い出すのです。

バラバラに崩れた自分の育った家庭から、夫とともに、一つ一つ作ってきた「我が家」。

子どもが授からないから、それはそれで構わないと早くに諦めてきたけれど、でも、どーにかして子どもが迎えられるのであれば、賑やかで手間がかかって心配でうるさい毎日を楽しみたいと思うのです。

夫は、両親の老いが予想以上に進んでしまったものだから

「ジュニアパイロットで子どもだけ飛行機に乗せていなかに行かせることができなくなっちゃったネ」

と笑います。

うん。私の父もいなくなっちゃったから、どちらのおじいちゃんとも遊んでもらうことができません。

「ごめんねぇ。遊んでもらえるおじいちゃんがいなくてbearing

おじいちゃん、もう、新しい孫の名前を覚えることは不可能です。

「でもさ、おじさんとか、いとこのお姉ちゃんとか、いるからサshine

お姉ちゃん、きょうだいもいとこもいなくて、ず~っと寂しかったんだ。

「お父さん、おじいちゃんの分も一緒に遊びたいって、ずっとずっとあなたのことを待ってたからサsun

よかったら、私たちの家に来てちょーだい!

| | コメント (2)

2008年7月 9日 (水)

夫の夢

いつだったか、まだ不妊治療をしている頃に、夫と三日里親の話をしたことがありました。

「夏休みやお正月に、ウチに来てもらうの」

たまにしか会えないけれど、家庭の生活を知ってもらえる良い制度だと思って話したのですが・・・。

「盆暮れにしか会えなくて、何になるの」

と、夫は言うのでした。

「だからサ、ああで、こうで、、、」

いろいろ理屈をこねまして、同じ子どもが来てくれることも確認できまして、それはそれで理解を得たわけですが・・・。

児相と話をするうちに、三日里親の限界もわかってきまして・・・。

養育里親を考えるようになりまして・・・。

そしたら、どの子もある日突然実親さんの元に帰る可能性があることもわかりました。

「会えなくなるなんて、いやだ」

どれだけ手がかかっても、ある日を境に会えなくなるとか、下手をしたらまた虐待にあうかもしれないだなんて、そんなのいやだと言うのです。

「そんなこと言ったって、、、」

また理屈をこねてみました。実親さんの元に帰って、また違う生活をするにしても、あるときどこかの家庭で手をかけられて暮らしたことが必ず意味をもつと思うから・・・。

そしたら、児相の方に言われたわけです。

「ぺこさん家は、縁組前提がいいですよ」

って。

里親さんと実親さんは、ときに養育(子どもを放す、放さない)をめぐって裁判にもなるそうです。

「どこにいるかもわからなくなって、会えなくなるのはいやなわけね?」

「うん」

天ぷら屋さんのカウンターに二人並んで天ぷらを食べたい夫は、遊びに行ったり、ごはん作って食べさせたりしながら、ともに暮らして、大きくなるのを見守りたいらしいです。

お金だけの援助じゃダメ、ペットでもダメ、後輩の面倒をみるのでもダメ。

「うちの子」と暮らしたい。

この想いは、何なんだろう。

| | コメント (0)

2008年7月 6日 (日)

私はわたし

昨日の「ぺこさん家は縁組で」は、ちょっぴりショックでした。

背伸びして社会のお役にも立ちたかった、その想いを否定されたようでもあり。

一方で、肩の力が抜けた部分もあります。

縁組できて自分たちの子となれば、里子としての措置も解除されるので、「お預かりしている」感覚から開放されます。

お金がなくなれば「子どものためにどちらが良いか」などと考えずに、自分が働けば良いわけですし、成人してからも自立させられない限りは出て行ってもらえません。

「だから、いっちばんはじめの想いそのままでサ、自分で子どもを産んだのと同じように暮らせ、ってことよ」

自分で産んだか、ほかのお母さんが産んでくれたか、の違いだけ。

だもので、何も変わっていないはずなのに、ずっとがんじがらめになっていた「辞めたら一生仕事に戻れない」感覚から開放されつつあります。

「そっか~。縁組できたら、ずーっとウチにいるんだもんねぇ、、、」

『おかあさん』が長い時間をかけて念願の仕事に就いたのは事実だし、いよいよこれからというときに『あなた』を迎えるために中断することにしたのも事実。

何事も割り切りが上手じゃないから、油断するとストレス抱え込んでうつうつになっちゃうのも事実だし。

ものすごい労力をかけて不妊治療を行ってきたのも事実。

そして、厚着が好きじゃないから冬でも薄着で、暖房ケチるものだから寒い冬が嫌いで、薄着に裸足で暮らせる夏が好きなのも事実。

「ほーら。何も変わらないじゃん♪」

思えば、『無理せんでいい』が重なった、この1学期でした。

『無理せんでいい』教会。毎週テキトーに通って、私ひとり皆勤。

『無理せんでいい』版画教室。テキトーに通って、来週最終回。

『無理せんでいい』児童相談所。急がず振り返りながら、いよいよ来月乳児院で実習。

やっぱ、新しい世界との出会いは楽しいし、必要。

子どもがいたら、知らなかった世界にいっぱい行けるよ。

だからサ、3人でサ、新しい旅に出ることにしようよ。

屋根のないクルマの屋根閉めて。

ほら、また『おとうさん』が喜んで言うよ

「チャイルドシート買わなきゃ!」

って。

| | コメント (2)

2008年7月 5日 (土)

居眠り

先ほど、週末恒例の「瞳」を見ながら居眠りしてしまいました。

despair だって、疲れたんだもん・・・。

今日は、来月乳児院で行う実習の打ち合わせで、児童相談所に行きました。

実習の説明そのものは、たいしたことがなかったのですが、そのついでに、気になっていたことを訊いてみたのです。

紹介していただける子どもは、どの程度健康なのか。そして、どの程度一緒に暮らせるのか。

そしたら、はやい話が、そこそこ普通(もちろん「普通」はいろいろなんだけど)で、成人するまでずっと一緒にいたいのなら、特別養子縁組を希望していた方が良い、ということでした。

「、、、でも、縁組できる子どもは、とても少ないのでは?」

だから、戸籍にこだわらないつもりでした。名前が違っても、何かのことで実親さんの元に帰る可能性がある子でも、構わないつもりでした。

だけど、ポロっと夫が言うのです。

「会えなくなるのは、いやだ」

と。

児相の方もおっしゃるのです。

「ぺこさん家は、ファミリーとしての子どもをお考えだから、縁組前提がいいですよ」

と。

私が、わけをわかっていないだけなんだろうか。きれいごとばかり言って、本心と向き合っていないだけなんだろうか。

「そんなこと言ったって、縁組できる子を待っていたら、順番は来ないかもしれないweep

私には、それが辛いわけです。

いつ来るかわからない順番を待つよりも、先はわからなくとも「今」を一緒に過ごしてくれる子どもと暮らしたい。

何かのことで、別れることがあったって、出会えないことを思ったらずっといいのに・・・。

そう思っていたのだけれど、どうも、「様子」は違うのです。

ず~っと一緒の「我が子」を育てたければ、まずは、戸籍までちゃんと入れた「我が子」を育てて、その上でご縁があれば、我が子代わりではない「里子」を迎えれば良いのだと。

「そうよね。私、まったくの乳児が来たら、3歳で手放しても構わないと思えちゃうのは、自分で産み育てたい感覚がまだあるからだよね」

50代で里親に、というのとも、確かに違います。

児相の方は、たくさんのケースを見ていらっしゃるから、この辺のことを瞬時に判断されて

「ぺこさん家は、縁組前提が良いですよ」

なんて仰るわけですが、自分たちのことしかわからない私たちは、自分自身の動物的な感覚とカンに頼るしかないわけです。

「そうよね~。諦めていたけれど、そりゃ、もしもできるなら、ゆくゆくは孫の顔だって見たいもの、、、」

ある日突然実親さんがあらわれて、引き取りたいといわれたときに、その後の子どものことが心配になるのなら「養育里親はしない方が良い」。

夫が

「だって、最悪、死んじゃう可能性があるわけでしょ?そんなの、いやだ」

と譲らなかった、あのカンがぴしゃりです。

実親さんの元に戻ったとたんに虐待云々とは見聞きしますが、少なからずショックな現実でした。

戸籍って、紙一枚なんだけど、その一枚で、子どもが「この家」にいることを保障される。

「戸籍にはこだわりません」じゃなくて、「ウチの戸籍に入れて育てます」が必要な場合もあるだなんて・・・。

今週の「瞳」は、ちょうど小池栄子ママが引き取りにあらわれたお話でした。

| | コメント (0)

2008年7月 1日 (火)

うちのおとうさん

ぼくのおとうさんは、お休みの日というと朝寝坊です。

ずっとパジャマでゴロゴロしていて、朝ごはんの頃にようやく着替えます。

わたしのおとうさんは、アイスクリームが大好きです。

本当は、ダイエット中なのに、

「いいじゃないか」

といって、おいしそうに食べます。

買い物に行くと、かごにアイスクリームやビールをこっそり入れて、わたしやおかあさんに叱られます。

、、、そんな子どもたちの話を聞いて、これが家庭の暮らしなんだと思いました。

こういう「家庭の暮らし」を私もしてきた。

こういう生活が大事だからこそ、子どもをね、迎えようと思うんだ。

| | コメント (0)

2008年6月29日 (日)

雨の一周忌

父の一周忌が、一足早く大雨の中行われました。

あんなににぎやかだった父が、当たり前ですが、何も言わず、もういません。

あれから一年。私は私で、新しい家族を迎える準備を進めています。

子どもが来たら、にぎやかで楽しいことでしょう。

多少苦労もするでしょうが、うれしいこともたくさんあることでしょう。

「家族」や「家庭」のバトンを、私も次の世代に渡したくて里親の道を模索しています。

準備は着々と進んでいるから、それはそれで結構なのですが、、、。

帰り道には、やはり寂しくなるのですね。

父に、新しい家族を見せたかった、って。

「なんで死んじゃったかなぁ~」

葬儀の頃、ひまわりがたくさん咲いていて、私はそのうちひまわりの花が嫌いになるんじゃないかと思っていました。

そしたら、今日は、あじさいがたくさん咲いて。あやめの花もまだたくさんあって・・・。

困るなぁ。法事は亡くなったのと同じ時期にしてもらわないと。

嫌いなものが増えちゃうじゃない。

| | コメント (0)

2008年6月25日 (水)

実習の日程

夏休みに行う、乳児院での実習の日程が決まりました。

私の都合に加え、児相と乳児院の方と夫、全部の都合が良い日をねらって初日が指定され、あとは私の都合で10日、「この日に行きます」と自由に決めて良いのだそうです。

乳児院は、年中無休。実習は、平日だけでなく土日も可。適当にお休みを入れながら好きなように予定を組んで良いと言われても、、、正直、どれくらい疲れるのかわかりません。coldsweats01

「3日行って、1日休み?」

「4日行って、2日休み?」

「ん?夫も行きたがるかしら???」

ま、とりあえずは事前に児相の方と打ち合わせがあるので、そこで詳しくうかがってから考えることにしましょう。

子ども好きなのに普段子どもと接する機会の少ない夫は、きっと喜ぶだろうなぁ~。

どんな顔してお世話するのかなぁ。

見てみたいものヨ。ハッハッハ。

| | コメント (0)

2008年6月23日 (月)

咲いた花、叶った夢

今週も、ひとりごはんの刑で、焼きそば食べています。smile

ほとんど別居生活。単身赴任も同然です。weep

ところで。

ひとりでいると、あれこれ考えますです。

先週の終わりには児相から連絡があって、夏休み期間に予定している実習の日程を打ち合わせ。

その後の様子を訊かれて、仕事は休職ではなく一度辞める方向で考えていると伝えました。家族として落ち着くまで、期限を切らずに様子をみるつもりです、と。

そしたら、児相としても、それが嬉しいって。

子どもと、親になる私たち。どちらにとっても、それが良いのだとは思います。

だけど、だけど。やっぱりお仕事、たのしいんだ。

今日も、子どもたち、実験が時間になったからおしまいだと言っているのに、夢中になってやめないんだ。

次の授業があるから、早く移動しなさい!って、追い出したんだけど。

少し前には、授業中にふざける子どもが多くて、思い切り叱ったばかりでした。

レポートは、まともに書かないし。

そしたら、今日は、夢中になって書いてるんだ。

叱られて改心したんじゃなくて、たまたま、今日のがおもしろかったんだ。

「みんな、今日の実験がおもしろかったんだよね。うわ~って、おもしろくて、夢中になってたんだよね、、、」

そういう授業を、一度だってできれば、もう御の字なのです。

「うわ~っ!!」

っていう驚きがサ、一度だってあればサ、一生好きでいられるんだもの。

私、自分がそれで救われたから、教員になろうって思ったんだもの。

ようやく叶った夢。

やっと、やっと咲いた花。

今、一番うれしいのに、もう少しで離れないといけない。

次には、次の出会いや季節があるのはわかっているのだけれど。

毎日、静かになった職員室で、切ないです。

こんなに、こんなにたのしいのに。長い間の夢がようやく叶ったっていうのに。

辞めないといけない。

| | コメント (0)

2008年6月 4日 (水)

児相のポスター

昨年の暮れ、初めて訪れた児童相談所の入り口に貼ってあったポスターです。

厚生労働省の里親啓発のポスターで、男の子の写真と一緒に書かれています。

==================================

いっしょにご飯を食べる。

いっしょにテレビを見る。

いっしょにお風呂に入る。

いっしょに動物を飼う。

いっしょに花を育てる。

いっしょに夜空の星を探す。

いっしょに今日の話をする。

いっしょに明日の夢を見る。

そしていっしょに、

新しい絆をつくりたい。

やさしい社会の絆ですー里親制度。

実親と暮らすことのできない子どもたちが、里親になってくださる方を求めています。

==================================

チラと見たとき、最初の3つぐらいで、どうにかなってしまいそうでした。

おじちゃんやおばちゃんは、いっしょにごはんを食べて、いっしょにお風呂に入って、いっしょに寝て、いっしょに暮らして、いっしょに天ぷら屋さんに行ってくれる仲間が欲しいのです。

学校での仕事は、確かに「暮らし」だから、いっしょにできることがずいぶんあります。ごはんも食べれば植物も育てます。今日の話も、明日の夢も語れます。

でもね、子どもたちは夕方になると帰っちゃうの。

そして、どれだけ可愛がっても、いっしょに持ち物、選んであげられないんだ。

くつ下一足、消しゴムひとつさえ。

| | コメント (0)

2008年5月25日 (日)

瞳のばかぁ~

NHKの連ドラ「瞳」。里親さんのお話。

毎週土曜日に、その週の6話をまとめて再放送するので、我が家では、それを録画して土日に見ています。

昨日は、裏で録画しつつ見ていたら、そのまま6話全部見ちゃったんですけどね。

中学生のお兄ちゃんが、お父さんと別れたときの話でした。

父子2人で暮らしてきたお兄ちゃんが5歳のとき、遊園地に出かけて、お父さんがお手洗いに行くからここで待つようにといわれ、公園のベンチで待ち続けたときのこと。

待っても、待っても、お父さんは戻ってこなくて。そのうち、日が暮れて、遊園地も閉園になり、置き去りにされたお兄ちゃんはおまわりさんたちがやってきて、保護されて、、、。

待っても、待っても、お父さんが戻ってこない話は、待っても、待っても、母が戻ってこなかった昔むかしの私と重なって、、、

ドラマの中のお兄ちゃんだけじゃなくて、テレビのこちらの私まで、忘れていた寂しい気持ちを思い出してしまいました。

「『瞳』の、ばかぁ~weep

ふたりのおかあさんの詩も出てきました。

『ひとりは あなたの
うまれたばかりの かわいい ほほえみを
いつも おもい

もうひとりは
あなたの かなしみを
つつみこんで くれました』

大きくなって、再会した母が語る私は、ずっと小さいままでした。

私は、それが許せなくて。

あなたが私を置いて出て行ってから、私がどれだけ苦労したか。それからの日々がどれだけ辛かったかも知らないで、どうして小さい頃のことばかり言うの?と。

でも、母の中で時間が止まっているわけが、このときの詩で、ちょっとわかった気がします。

母の想う私は、小さいときのままで良いのだ、と。

| | コメント (0)

2008年5月24日 (土)

しあわせのエアコン

今日は、夫とエアコンを買いに行きました。

3LDKのマンションを実質1LDK+納戸納戸として使っておりましたので、納戸だった2部屋にはエアコンがありませんでした。

というより、エアコンがなかったので出入りする気にならず、片付いていないのでエアコン工事もお願いできず、エアコンがないままだから夏休みも冬休みも片付けをする気にならないという、悪循環でございました。coldsweats01

で、その2部屋を4月に片付けて、ようやく納戸状態を脱出。

そこへ夫が

「エアコン、買いに行こう♪」

と言うので、

「そーだよね~。子ども部屋にするなら、エアコンつけなくちゃね~」

って、喜んで出かけたのであります。

「狭い部屋だから、5万円くらいのを2部屋、2台でいいよね♪」

と、軽い気持ちで向かったのですが、、、

いざ商品を前にしてみますと、省エネだとか、空気清浄だとか、いろんな機能がついておりまして。価格も、1まわり大きい方がかえって安いとか、数百円しか変わらないとか、おかしな現象がたくさんあるのも教えていただけまして、、、

結局、5万円くらいのを2台ではなく、リビングにある古いエアコンを新しいものに買い替え、古いのを将来の子ども部屋に移設。そのエアコンを買ったポイントで仕事部屋用の小さいエアコンを買うことにしました。

工事は一括。ポイントの流用には、購入の伝票だけ2枚に分けてもらえばいいんですって。coldsweats01

で、これで家中どこにでもエアコンが付きます。

寒いの暑いのをやせ我慢しなくて済みます。

「それにしても、予算、オーバーしすぎだよ~ぅ。アハハ」

見事にオーバーです。

それでも、もう、この家は、私たち夫婦が平日の夜を過ごすだけの空間じゃないんだから。快適に過ごすためにお金を使ったっていいじゃない、と思えるようになったことが嬉しいです。

「だってサ、子ども部屋はもちろんだけど、子どもが来たら、まず一番長く過ごすのがリビングだよ~♪」

洗濯機の買い替えもずいぶん前から検討していたのですが、そちらは保留。実際に子どもが来てから考えることにしました。

| | コメント (0)

2008年5月21日 (水)

あ、今日もいる

「ぶどうの木」の坂本さんが、NHKに出演なさっているのを見逃して、あ~あ、、、と思っていたら、ひょんなことから元里子さんのブログで見ることができました。

印象的なことはたくさんありますが、中でも坂本さん、最初に里子に迎えた男の子が、朝起きて

「今日もお母さんがいる」

と思う様子を語っていらっしゃいました。

その感覚、結婚して、朝目が覚めて、隣に夫がいて、

「あ、今日もいる」

というのに似ていると思ったのは、私だけ?

朝起きるたびに、

「あ、今日もいる」。

夜帰宅してくるたびに、

「あ、今日も帰ってきた」。

だって、独身の頃は、毎朝なんて隣にいなかったもん。

夜も、毎日なんて会えないしサ。

「ああ、結婚した相手と新しい生活を始めるときと、一緒なんだ、、、」

それが、その家に生まれた子との違いかな、と思いました。

生まれる前と後では違うかもしれないけれど、その家に生まれた子なら、生まれる前からその家に暮らしているんだもの。顔が見えないだけでサ・・・。

「ふ~ん、、、」

その子にとっては、何もかも、全部はじめて。

子どもながらに、まったく知らない家にお嫁に行ったような、そんな気持ちで暮らさないといけないんだ・・・。

「ふ~ん、、、」

坂本さん、大事なことをとてもわかりやすく表現してくれる方だと思いました。

ぶどうの木」、せっかく図書館で借りてきたんだけど、あの頃活字が読めなくて。結局、きちんと読めないまま返却してしまったのでした。

「ふ~ん、、、」

私、結婚して間もない頃からずーーーっと、夫に、毎日のように

「私のこと、好き?」

「ずっと一緒?」

と聞き続けていました。

だって、私の母は、家に私を置いていなくなっちゃったから。

「あなたは、母のように私を捨てていなくなったりしない?」

「うん」

「絶対に?」

「うん」

毎日、毎日たずねて、答えさせて、それでも、たずね続けました。

「あぁ、なるほど。あれと一緒なんだ、、、」

大人の私でさえ、あんなに聞き続けたんだもの。家族を作るのは、たやすいことじゃありません。

「お父さんやお母さんの気がかわって、ぼくと暮らしたくなくなったら、ぼくはどうなるの?」

そんな問いに、繰り返し、繰り返し、答えることになるのかなぁ。

| | コメント (2)

2008年5月15日 (木)

迷いの日々

今日も帰宅は10時近く。

毎日、仕事を辞めるか否か、考え続けている。

後々悔いのないように、と思うから、仕事は思い切りやっちゃうし。

思い切りやっちゃうと、疲れて大変なんだけど、その分面白くて楽しくて、もったいなく思えちゃうし。

「でもさぁ、家族が増えるのは、この機会しかないヨ」

と、思ってみたり。

教室で、もう少し親御さんが関わってくれたらいいのになぁ、、、という子どもを目の当たりにするから、

「やっぱり、育児は大切だよ」

と、家族に育まれる家庭養育の意味を考えちゃったり。

 

「今年が最後かもしれないから」

って、精出しちゃうからいけないんだろうけど。

精も出さずに辞めたら、一生後悔しそうなんだもん・・・。

| | コメント (0)

2008年5月13日 (火)

二人だけ~?!

今日のお昼。子どもたちとしゃべっていたら、

「先生、何人家族?」

と聞かれたので

「二人」

と答えました。

みんな、3人とか、5人とか、おじいちゃんおばあちゃんもいれば6人家族なんてザラですから、びっくりして

「えっ、二人だけなの~?!」

と言うわけです。

「うん。先生とだんなさんの、二人だけ」

「子どもは?」

「いないの」

「じゃぁ、これからうまれるんだー」

「うん。子どもがいないと、デニーズの子どもデザートも食べられないし。つまんないからね」

「でもさ、安いよ。旅行とか。子どもの分いらないから」

「まあね。だけどサ、二人だけだもん。いっつも二人で、つまんないよ。みんなのお父さんやお母さん、大変なこともたくさんあるけど、ウチにかわいい子がいて幸せだなぁ、嬉しいなぁ、って思ってるよ」

とかなんとか言ってるうちに、お昼休みになって解散。

途中、

「ねぇ、先生って、いくつー?」

と聞く子もいました。

「みんなのお母さんと同じくらい」

と答えたら、

「じゃぁ、30いくつとか、20いくつだね~!」

と言うので、とぼけて

「うん♪」

とも答えておきました。coldsweats01

そうよ。なんたってぺこ先生、もしかしたら、これから家族、増えるかもしれないんだもん。老け込んでる場合ではありません。

「これからうまれるんだー」

も、ちょっとうれしかった。

「そうよ。これから増えるのよん♪」

| | コメント (0)

2008年5月 7日 (水)

なれば、それなり

昨日の

「んで、1年静かに過ごして、また忙しない仕事に戻ればいいじゃない、ってサ。」

には、ちょっと引っ掛かるものがありました。

「また忙しない仕事に」戻っちゃうの???

引っ掛かりつつも、今日は上司先生をつかまえて事情を話してみました。

「そんなわけで、1年ほどお休みをいただけませんでしょうか?」

と。

そしたら、上司先生、言うわけです。

「1年じゃぁ足りないよ。1年なんかで復帰したら、いけないよ。それにはボク反対だな」

てなわけで、、、

期限を切らないことになりました。happy01

つまり、とりあえず辞めちゃう。そして、少なくとも数年は、復帰しない。

専業ぺこ。専業主婦。専業やりくり。専業里母。専業おさんどん。専業けんか相手。

キャー!!

確かに、40にして夢のまた夢が叶ったというのに、辞めてしまうのはもったいない。think

買ったばかりの赤ペン。参考書。今年が最後の大学の授業料だって、これから納めるところなのに。上級免許なんか取ったって意味ないじゃん・・・。weep

だけどね、またいつか現場に戻ることがあるかもしれないし。

おうちにいたらサ、幼稚園や学校の行事に行けるし、当番のお仕事引き受けられるし。

里親さん同士での活動、何かお役に立てることがあるかもしれないし。

地域のお祭りや活動、ちゃんと参加できるし。

「な~んだ。できること、たくさんあるじゃんhappy01

と私。

「今より忙しかったりしてhappy01

と夫。

かばんからはみ出していた算数の参考書、

「これも、もう出番は、、、」

と言いかけてびっくりしました。

先生の立場では、その時の受け持ちで役に立ったり立たなかったりの参考書もですね、我が子になら必ず役に立つのです。

「そうか。私、宿題見てあげられるflair

できない子なら、まかせとけ。どんなに変わってる子にも、できない子にも教えてきた。

「どんな教師も、一対一で細かくみてやれる親御さんにはかなわない」と言ってきた、その親の立場に、今度はなれる。

「今までのこと、ちっとも無駄になんかならないよ!」

そう思ったら、嬉しくなった。

そうよ。私、今までだって、ずっとそれで来たじゃない。

「住めば都」って言うけどサ、私は「なれば、それなり」。coldsweats01

第二の人生どころか、第三の人生位なんだけど、こうして人生は次から次へ展開していくものなのかもしれない。

「じゃぁサ、来年の夏頃まで待って、それでご縁がなければ、そのときにこそ復帰を考えるってことでサ」

そうよー。そうなったら、本当のサバティカルよー。

さあ、ぺこちゃん。念願だった今年の担当、年度末まで思い切り準備して教えてあげなさいねー!!

| | コメント (0)

2008年5月 6日 (火)

サバティカル・イヤー

ゴールデンウィーク恒例のクルージングに行ってきました。

Img_2118 帰路。朝の海は、遠くに先を行くヨットが見えて、鳥が舞い。あとは一面の雲と海と、かすかな光。

聖書の一節みたいな、何もない景色です。

で、洋上では、こんな景色が何時間も続きます。

ひたすら、ぼけ~~~~~。

海の上で考えたこと。

「仕事、どうする?」

児相の家庭訪問でも思ったんだ。皆、当たり前に私が「養育の中心」だといって話を進める。

子どもを切望してるのも、ごはん食べさせて、一緒に遊びたがってるのも夫なのに。誰も夫の帰宅時間すら聞いてくれない。

「そんな、私に完璧な里母さんを求められても、、、」

どうして自分だけが、仕事か里母かとの選択を迫られるのか。

一人悶々と考えていたら、アタマがおかしくなってきた。

とりあえず来年度一年は、仕事を休む決心はついたから(その先は知らん)今朝鳥カゴの掃除をしながら決めてみた。

「来年は、サバティカル・イヤーってことにしようsmile

里親になるために1年仕事をしない、ということでは、ちょっと荷が重過ぎる。ご縁がない可能性だってあるんだもん。1年働かなかったら、ン百万の支出も同然!!

だからネ、安息、休耕の年。子どもにめぐり逢えても逢えなくても、とりあえず仕事しない年にするのっ!

んで、お休みと意気込んで何かをやり始めるといけないから、ひたすら読書とお掃除。それこそ修道院にいるような倹しい暮らしをするのっ!

だって、図書館、すぐそこだもん。book

掃除、散歩、読書。炊事、鳥の世話、メダカの世話。植物の手入れ。

んで、1年静かに過ごして、また忙しない仕事に戻ればいいじゃない、ってサ。

| | コメント (0)

2008年5月 4日 (日)

?の2歳

昨日、児相の家庭訪問があって、いろいろお話した中に子どもの年齢のことがありました。

自分達の子どもの代わりに迎えたい里子なので、小さければ小さいほど感覚的には「近い」わけですが、里子として委託されるお子さんは、実親さんが決心できるまで、あるいは発達の経過をみるうちに2歳位になることが多いそうです。

「2歳も、かわいいですよ♪お話できますしhappy01

そうよね~。早速お話、できるだろうな~。

ただ、私には、それが、どうもダブるんだ。

「オカメちゃんなら、ヒナヒナでなくても充分馴れますよ~♪」

に。ペットショップのお姉さんの言葉。あるいは、初めて鳥さんを迎えた人にかける私たちの言葉。

馴れるの、知ってる。手間がかからないのも、知ってる。

でも、迎えるときにはヒナヒナから育てたいんだな~。どういうわけか。

人間の子育ても、私、自分で食べ物を口に入れ、移動ができる「子ども一人前」になる1歳位までが一番おもしろいと思ってるんだ。言葉しゃべれなくても、ばーとか、ぶーとか、唇動いて、離乳食食べさせて。

「エー。世の中には、いろいろな食べ物がございまして、、、」

野菜だの、果物だの、一つ一つ紹介したかった。

その頃に関われなかったからといって、その子を大事にできないはずないんだけど。

その頃に少しでも関わりたかったわけなんだな。

だもので、その先の2歳の頃なんて、まだ考えていなくて、、、

「2歳かぁ、、、」

2歳って、何するんだろ?

お勉強しなくちゃ。coldsweats01

| | コメント (2)

2008年5月 2日 (金)

ドタバタ家庭訪問

結局、昨日は家にいても落ち着かずろくに休めないので、修道院へGo!

Ca340097 そうです。毎年恒例。連休名物。静かな修道院生活。

ホントは一昨日から行くはずだったのに、熱でダウン。1日短くなって一泊二日になっちゃったけど、やはり静かなのが一番!落ち着きますです。

写真は、今朝。雨上がりのお庭。

昼食を済ませて帰宅して、大急ぎでお掃除!!

そうです。児相の家庭訪問ですっ!

「だってネ、ここの汚れ取るか取らないかで子どもが来るか来ないか決まるとしたら・・・!!」

どうでも良いような汚れまで気になって、必死にお掃除!お掃除!!

髪の毛1本だって、ほんのちょっとの埃だって逃さずお掃除!

「そうよ!今日は、ただのお客さんじゃないから、家中見られちゃうんだから!」

普段とは逆の、親御さんの想いがわかる気がしました。(学校で面接だの面談だの言われると、親御さん、ものすごく気を遣っていらっしゃるんですよネ・・・)

お茶菓子だって用意しました。

「えっと、、、この器にお菓子をのせて、食べるのは、、、」

とかなんとか言ってるうちに時間になり、係の方がいらしてしまい、、、

ガタガタ震えながらお茶を一杯出すのが精一杯。

あれもこれも聞きまくって、長~いお話が済んで、お帰りになって、、、

「どの部屋も見ないで帰っちゃった、、、sad

お風呂もトイレも、納戸になっている部屋も、あんなにお掃除したのにぃ、、、。

もう、次に来られても再現できないよ。crying

「まあ、いいじゃない。きれいになったんだからhappy01

夫は、そう言うけれど。

私のあの焦りながらの大掃除は、何だったの???

「でもね、おうちなんて、一部屋見ればだいたいわかるんじゃないの?雰囲気が」

鳥さんのいる、仲の良い寂しい夫婦の家でした。

ご主人、子どもと天ぷら屋さんに行きたくて。

奥さん、子どもに似合う服を選びたくて。

いつかご縁があると、いいんだけどなぁ。

| | コメント (6)

2008年4月27日 (日)

子どもという希望

もうすぐ児童相談所の家庭訪問があります。

「里親になれるのかなぁ~」

「ぺこさん家ではダメです、って言われたら、どうしよう・・・」

子どもと暮らしたくてうずうずしている夫は、撮り溜めした「瞳」を見ながらつぶやきます。

愛読している先輩里親のはまのろさんもブログに書いていらしたけれど、子どもと暮らしたいのは、その子が未来に生きていくからにほかなりません。

私たちよりも後に生きていく存在(=子ども)と、今を一緒に過ごすことが、自分の存在そのものを未来につなげることになるから。

「おいしいね~♪」

といって、一緒にごはんを食べた子が、自分たちの死んだ後も生きてくれる。

「うっひゃ~。このゾウさん、大きいね~!!」

と、驚いた瞬間が、その子の中に残り、次の時代も生きてくれる。

いつまで一緒にいられるか、自分たちをどう思ってくれるか、といったことよりも、次の時代、後の世代を生きる人と「今」を過ごしたい。

そいういう意味で子どもの存在は、大人にとっての希望だと思っています。

それでなのかしら。この頃の私は、授業中に「これは一生使う事ですよ~」と言うことが多くなりました。

この掛け算、この割り算の仕方、コンパスの使い方。ここから、ず~~~っと。

そもそも、何かを教わる記憶って、どれも全部「一生モノ」なんだけどサ。

つい高揚して言っちゃうんだナ。coldsweats01

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年4月15日 (火)

それでも育てたい子ども

週末に、1週間分録画してあったNHKの連ドラ「瞳」を見た。

西田敏行さんは、昨夏に亡くなった父に似てるんだ。

観てると、なんだか悲しくなる。

「お父さん、いなくなっちゃったネ」

人が亡くなるってのはサ、そこからぷっつり、先がなくなる、ってことなんだよね。

亡くなる寸前に父に不妊治療がうまくいって、陽性反応のあったことを伝えて、喜んでもらえたと思ったら父が亡くなり、胎膿が確認できないまま子どもも流れてしまい、、、。

次の治療もだめだったから、、、

父に孫を見せるための治療は、やめることにして、、、

父が若い頃に手に入れて、私が使い続けた「古の家財道具」も、この春トラック山積みで処分し、、、

広くなった我が家に、里子を迎えたいと思うわけなんだけど、ドラマの中にだって「いかにも」の里親への偏見が描かれている。

事情を抱えた家庭に生まれて、どこが悪い。

実親と暮らせない子どもの、どこが悪い。

きっと、つまんないこと言われたり、思われたりして凹むこともあるかもしれないけど、

「それでも、子どもと暮らしたい」

って、思うんだな。

ン百万円の治療費をつぎ込んでも授かれなかった我が子。

「我が家に子どもを迎えたい」という、たったそれだけの想いのために、お金も、陰口も、気にしている場合ではなくなってしまった。

「ウチにサ、子どもがいたら、楽しいと思うよ」

一緒にごはんを食べたり、遊びに行ったり、叱ってみたり、謝りに行ったり。

入居10年になるマンションを、はじめてハウスクリーニングお願いして思ったんだけど、夫婦二人だけで暮らしていると、ろくすっぽお掃除してなくても汚れないんです。

床に傷もなければ、スイッチに手垢もつかない。

私、子どもとか、ペットとか、植物とかいっぱいの家がよかったのに。

| | コメント (0)

2008年4月11日 (金)

児相に電話

1月に書類を提出した後、「春休みあたり」に家庭訪問があると思って待っていたのですが、、、

大掃除をしても、新学期が始まっても、連絡の入る気配がないので、こちらから電話をしてみました。

そしたら、ちゃんと話が通っていなかったらしく、保留扱いだったみたいでcoldsweats01

早速日程を調整して、ゴールデンウィークの頃に来ていただけるみたいです。

「じゃ、あとは待つだけだね♪」

心配していた夫も、ホッとして喜んでいるわけですが、、、

困っちゃうのは私です。

いえ、別に何も困ってはいないのですが、

ただ、

「奥様は、お仕事は?(辞めるんですよねぇ~)」

と言われると、困るのです。

仕事を辞めたら委託を受けられるとは限らないから。

今年だって、40にしてようやく、子どもの頃からやりたかった教科をやらせてもらえるようになったというのに・・・。

この山(今年度)乗り越えちゃえば、あとはかなりラクに仕事ができるようになるから、そしたら、非常勤にしてもらって、細々と仕事続けて行くことは難しい話じゃないんだけど・・・。

でも、保育所使って欲しくない、ってカンジなんだよなぁ。

それ、わかるんだけど。

わかるんだけど、、、

ま、いいや。

職場にはどんな方法があるのか確かめてあるから、あとは係の方がいらっしゃるのを待ちましょう。

| | コメント (0)

2008年2月19日 (火)

子どもの晴れ姿

今日は、仕事で、いくつかの学校の子どもたちが集まりました。

服装、言葉遣い、演目。みんな面白いほど違って、学校のカラーが出ます。

「ふ~ん。さすが○○先生のご指導だけあって、上手だなぁ、、、」

誰が教えているので、こうなった、みたいな裏側も、ちょっとわかる分、学校の特色にも想いを馳せちゃったり致します。

「私も、里親になったら、子どもには、どんな教育をするのかなぁ、、、」

授けたいものは、たくさんある。

ごはんを食べる幸せ。

人に愛される幸せ。

何か信仰のような、畏れと信頼を抱けるもの。

大事に思ってくれる人とのかかわり。

勉強は、スポーツは、芸術は。

「この子たちも、それぞれに、親御さんの想いの下に暮らして、んで、今日も集まってるわけよねぇ、、、」

「私も、この子たちの一人の親として、こんなところに来ることもあるのかなぁ、、、」

「そしたら、嬉しくて、泣いちゃうだろうなぁ、、、」

と思うのが早いか、ウルウル来てしまった。

教員の立場では、毎年繰り返される入学式も、その子にとっては、たった一度のもの。

長い人生の、ほんのちょっとのスタートでしかないと、つい思っちゃうのだけれど、期間限定で暮らしてごらんよ。

毎日が、カウントダウンよ。

嬉しいことがあっては、泣き。悲しいことがあっては、泣き。

毎日毎日、泣いて暮らさなくてはなりません。

「よく来てくれた。よく来てくれた」

って、毎日、そればかり繰り返して暮らすのかな。

でも、そうも言ってられなくて、腹を立てて怒っちゃって、寝顔を見て、また泣くのかな。

| | コメント (0)

2008年2月 7日 (木)

もう病院は行かない

里親になるための手続きが、病院のすぐ並びの児童相談所で進んでいます。

春休み頃には、係の方が家庭訪問にいらっしゃる見込み。

そして、仕事は仕事で、来年度の人事が発表になって、やる気満々です。

だから、もう、不妊治療のために病院には行かないことにしました。

無排卵が続いてるし、これ以上注射の副作用に立ち向かう元気もないし、お財布引っ叩いて高い治療費支払うのももったいなく思えてきて。

治療をやめるってことは、私たち夫婦の場合、自分たちの子どもを授かることを諦めることとイコールです。でも、治療しても、ほとんどゼロに近い、って先生から聞き出したもん。似たようなもの♪

最後の治療から3ヶ月。

もしも、春休みに治療を望むのなら、ちょうど今頃病院に行くことになってたけれど。

もう、行かないんだ。

暖かくなったら、お世話になった先生にお礼の手紙でも書こうかな。

2年と数ヶ月。入門編から最上級編まで。フルコースでお世話になりました。

納得いくまで治療を受けさせていただいて、感謝の気持ちでいっぱいです。

| | コメント (0)

2008年1月29日 (火)

血のつながりも戸籍も

今日は、児相の方と電話で話をしました。

先週提出した里親申請書の内容の確認と、養育方針、特に特別養子縁組へのこだわりがあるかないかとの質問を受けました。

血のつながりにも、戸籍にも、こだわらないのですけどねぇ・・・。今のところ。

「そんなことより、おいもの天ぷらが一緒に食べられない方が困る」

と夫が言うので、子どもの条件には「食物アレルギーがないこと」と書いたほどでした。

「だってサ、私たちと同じ戸籍に入ってなくたって、いいじゃん。別に」

戸籍にこだわって出会いの機会を失う方が、よほど辛いのであります。

老後の面倒をみてもらおうとも思わないし。

そんなことより、一緒に暮らして、日々大きくなって欲しいだけなんだ。日々大きくなっていく存在が家の中に欲しいだけなんだ。

書類を出して、また一歩出会いに近づく。手続きが進むと、また一歩近づく。

おもしろいね。不妊治療では、書類らしい書類、ほとんど不要だったのに。

| | コメント (4)

2008年1月22日 (火)

履歴書

今日は、夫婦で児相に出す履歴書を書きました。

「ヲホホ。私は、下書き、あるもんね~」

今の職場に入るとき、書いたものがありました。これに、今の仕事を書き加えれば下書きの出来上がり。

いっぱい転職してるし、大学も入り直して卒業するのに14年もかかってますから、私の履歴書、ホント書くのが大変なんです。

「それに比べて、、、」

夫の履歴書の、なんと単純なことでしょう。

数行だけ。

あと、白いところがいっぱい。

うらやましー。

んで、二人してテーブルで、お清書しました。

「あ!しまった・・・」

間違えたら、次の紙に書き直し。

「あ!」

書き慣れない夫は、次々新しい紙へ。

一方、私は、一枚目無難に終了。念のために、もう一枚。これも完成。

日頃、文字を手書きする機会の違い?

それとも、履歴書そのものを書いた経験の違い???

ともあれ、二人とも書きあがって、写真を貼って、あとはほかの書類を確認すれば、児相に提出する書類がすべて揃います。

「二人で写ってるスナップは、コレでいいよね~」

うん。表情はね、コレでいいんだけど。笑ってて。

ただ、ほら、笑ってるからネ、顔にシワが、二人そろってシワシワなのが、、、

残念。(号泣)

| | コメント (3)

2008年1月14日 (月)

ずっとおうちが欲しかった

今日は、美容院へ行った帰りに図書館で本を借りてきました。

Img_1814 「ぶどうの木」と「坂の上の家」。里親さんの話です。

今日も、本当は持ち帰りの仕事でやらなくちゃいけないコトはあるんだけど、またこんな本なんか読んじゃうんだな。

んで、また、昔のこと思い出して、鼻水垂らしたりしちゃうんだな。

「お母さんもサ、ずっとおうちが欲しかったんだ・・・」

いつか、子どもに家族のことを聞かれたら、そんな話をするのかな。

昨日は、里親の申請書類を揃えました。

戸籍謄本、収入の証明、健康診断書。資産に関する書類もあって、住まいを購入したときのファイルを引っ張り出して面積を確認したり、平面図を描いたり。

「そうよ。この窓が気に入って、ココに決めたんだから」

チラシを一目見て気に入った、今の住まい。結婚式を終えた夜遅く時間外窓口に出しに行った婚姻届。急に決まった、今の仕事への転職。

何年も、十何年も前の一つ一つが、今に繋がっているのだと改めて思いました。

「世の中、うまくいかないことも多いけど、ま、いいよね~」

桜並木の川沿いを、親子で歩く日を夢見て。

| | コメント (0)

2008年1月 8日 (火)

遅く来た年賀状

今日は、冬休みの宿題をやっつけました~!

ハンコ、ハンコ、シール、花丸。ハンコ、シール、二重丸。

じゃんじゃんやって、やりまくって、ほとんど片付きました~!

わーい!

「みんな、ありがとね。こんなにやるの、大変だったでしょ?」

出しておいて何ですが、ちゃんと宿題やってくる子どもと、その親御さんに頭が上がりません。

「私、自分の子どもに、こんなに宿題やらせられるかな・・・」

できないと思う。

なので、宿題は、夫に見てもらおうと思う。(笑)

「だから、私、家にいてもあんまり役に立たないんだよなぁ・・・」

正直、夫の方が育児もうまいと思う。料理の腕もうつうつしてる間に抜かされました。

夫が仕事辞めて主夫になれば良いのかもしれませんが、そういうわけにもいきません。

だもので、困っちゃうわけです。

で、まあ、夜になって帰宅しました。

郵便受けには、今日も年賀ハガキがありました。

「んもう、だ~れ?今頃・・・」

ストックがあるから返信の心配はないんだけど、、、と思いつつ読んでびっくり。

『今年もよろしくお願いします。
 これからもずっと学校の先生を続けてください』

、、、

びっくりしました。

お天道様の仕業でしょうか。

参ったなぁ。

| | コメント (0)

2008年1月 7日 (月)

仕事はじめ

今日から出勤。終日会議。席替えの座席表作り。研究授業の打ち合わせ。

そして夕方。冷たい雨の降る帰り道に、思いました。

「仕事、辞めなくてもいいかな、、、」

出た!

昨日まで、あんなに出勤嫌がってたのに。

もちろん、里親になることを諦めたわけじゃありません。

里親になるために仕事をすっぱり辞めてしまうことは、もしかしたら、しない方が、あるいは、しなくてもいいんじゃないか、ってね、思っちゃったんです。

そりゃ、中断はします。復帰も、徐々にしかしないつもりです。

んで、様子みながら、また仕事続けたいな、ってね、思ったんです。

だってね、子育て、仕事に役立つんだもん。自分の子どもを育てる経験。

児相の方も、なんだかよくわかんない返事しかしないけど、将来的にも仕事を辞められないのなら養育はお願いできないから諦めてください、とは言わなかった。

やっぱりね、自分で産んだ子どもと同じように暮らそうと思うんだ。

私、仕事は続けるつもりだった。産休に、育児休暇取って、んで、保育所に預けながら子ども育てるつもりだった。

もちろん、手のかかる子だったら、復帰を遅らせるとか、復帰しても非常勤にするとか、それは、その子とその時の状況に合わせて考えるつもりだった。

「うん。それでいいんじゃないの?」

夫も、そう言う。

決してバリバリ仕事できるわけじゃないんだけど、まだまだ教員としての経験も浅いし、カラダも強くはないから自信もないんだけどね、理想の里親さん目指すより、ヨロヨロのお母さんでね、いいんじゃないかってね、思ったの。

あ、おひたしできた♪

今夜も夫が夕食を作ってくれました。

| | コメント (4)

2008年1月 2日 (水)

ねずみの親子 2

元旦には間に合わず、ただいま制作中。

Img_1730 夫が「ケガして包帯ぐるぐる巻きみたい」と言いました。

お母さんねずみは、覆面を被っているようだ、とも言いました。

「そうだよ~ん♪」

お正月。引きこもって、どこにも出かけておりません。

今日も、うつうつ家におりました。

「こんなんで、育児ができるんだろうか、、、」

まともな里親さんにならなければいけない、と、申請書を用意する前からプレッシャーです。

「子どもが『良い子』をやめて私たちを試しはじめた時、負けずにいられるのだろうか?」

お母さんねずみにさらしを張りながら思いましたです。

「よーし。言ってやれ。『アッハッハ。よくぞやってくれた』」

「警察から電話が来たら、明るく言ってやれ。『はい、ただいま引き取りに上がります!』」

幼稚園でも、学校でも、どこでも行っちゃうよ。

うつうつしてる暇、ないよ。

子どもが問題を起こすたびに

「よっしゃー。待ってました!」

そんな肝っ玉母さんに、私は、なりたい。

| | コメント (2)

2007年12月30日 (日)

きょうだい

不妊治療をしていた頃、自分たちの子どもは一人っ子だと思っていた。

こんな年齢になってしまった以上、なんとか出産に漕ぎ着けたとしても二人目は望めない。

当然のこととして覚悟していた。

「あなたにはきょうだいを作ってあげられなかったけれど」

授かりもしないうちから、遺言みたいなことを考えていた。

ら、、、

里子って、一人だけじゃなくて、二人目、三人目、って来るんです。

家族、3人だけじゃおさまらなくなる可能性も、あるわけです。

夫が言いました。

「そんなことになったら、寝るところないじゃん。二段ベッド?!」

そう、二段ベッド。夢にも見たことがない二段ベッド。

民間の養子あっせん団体では「二人目はありません」という所もありますが、里子の場合大切なのは「養育できる家庭」なので一人が無事に過ごしていれば二人目もあるわけです。

「子育ては、体力も要りますからねぇ、、、」

と言われた、その意味が、ようやくわかったような気がします。

「一人っ子じゃないんだ!」

「ぺこさん、しっかりしてくださいよ!」

はい。

| | コメント (0)

2007年12月29日 (土)

少しずつ前進

昨日は、夫とともに児童相談所へ行きました。

前回よりも、更に詳しい話をうかがって、帰りには里親の申請用紙をいただいてきました。

実際に里子の紹介を受けて我が家に迎えるのは、来年度末以降、つまり私の退職を待って、ということになりますが、それまでの間に研修や実習に参加したり、単発の三日里親を引き受けたり、できることややるべきことはいろいろあるようです。

午後は、申請に必要な戸籍謄本を取りに行ったり、ホームセンターで買い物をしたり。

この頃は、ベビー用品も楽しく見られるのですよねぇ。

少し前まで、ベビー用品は辛くて見られなかった。

「こんなにかわいいの、私だって着させてあげたいけれど、その子どもがいない」

それが、今は、ちょっと違います。

「こんな大きさで、ちょうど合うのかしら。もっと大きいかなぁ。小さいかなぁ」

もう、病院に行かなくていい。注射も打たなくていい。可能性が殆どないと言われていることに希望をかけなくていい。

いつかご縁のあるのを待っていれば良いのが、正直、とても嬉しいのです。

そして、ご縁がなかったとしても、それは私たちを必要とする実親さんの不幸がなくて済んだ、ということだから。

| | コメント (0)

2007年12月27日 (木)

謝りに行く覚悟

夫が年末の休みに入ったら、児相にさらに詳しい話を聞きに行こうと思っていた。

お父さんになりたい夫。

でも、前途は多難かもしれない。

お勉強、できないかもしれないよ。

騙されやすくて、弱い子かもしれないよ。

学校とか、よそのお宅に謝りに行かなくてはならないかもしれないよ。

「いいよ~」

ひゃー!と驚いた。

そうまでして父親になりたいんだと思った。

そして、ふと気づいた。

お母さんになりたかった私。

でも、前途は多難かもしれないよ。

一回ではうまくいかないかもしれないよ。

お金と仕事のやりくり大変だよ。

薬たくさん使って、副作用が出て、何かあったらすぐ入院しなきゃならないよ。

「ああ、そんなの、この際なんでもいいです!!」

って言わせた、あの想いと一緒なんだろうなぁ。

| | コメント (0)

2007年12月26日 (水)

職場への恩

私が教員になれたのは、今の職場に拾ってもらえたから。

仕事を続けながら不妊治療を続けて来られたのも、自分の子どもを育てることは大事だと、通院を許してもらえたから。

治療がうまくいったら、育児休暇をとって、また仕事に戻る気でいた。例え、すぐにフルタイムでなくとも、少しずつ。そこからが職場への恩返しだと思っていた。

でも、里子を迎えるとなると、、、

育児休暇程度では、収まらない。

やはり、辞めるのがいいのかな。

夫が言う。

「このまま先生を続けるか、お母さんになるか」

お母さん、かぁ。

お母さん、10年後だとなれないんだよなぁ。

お父さんになりたい夫も、同じことで。

恩返しは、円満退職で十分なのかな。最後の最後まで、教室の子どもたちのために働けば、それで良いのかな。

| | コメント (0)

2007年12月24日 (月)

止められていたこと

里親を考えるようになって、思い出すのは、精神科の先生の言葉。

「よその家のゴタゴタまでは背負いきれないから、あなた、それは、やめときなさい」

そう思ってた。だから、不妊治療だったんだ。

でも、その不妊治療も、若いときに言われた言葉がある。

「みんな傷ついて泣いているわ。子どもは、いつかどこかでめぐりあえたら程度に考えて過ごしたら?」

だから、若いときは治療に手を出さなかった。

気がついたら、どっちも平気になっている。

そういう年齢に、なったのかなぁ。

私も、夫も、その家族も、ほかに手段のない夫婦のいよいよの選択と受け入れられる。

16年は、長い。

| | コメント (2)

2007年12月22日 (土)

家族の幸せ

昨日、児童相談所でうかがった話の中に、不妊治療の末に実子を諦めて里子を希望する夫婦にしては、私たちは若い方というのがありました。

みんな、限界の限界までやっちゃって、40代後半、もしくは50歳近くになって、ようやく児相の門を叩くのだそうです。

不妊治療にも、里子や養子にも、年齢の壁があるというのを少し前から耳にしていました。

親子の年齢差が40歳位まで、が、目安のようです。

「今なら、『赤ちゃん』を迎えられる可能性がある」

さらに、私が仕事を辞めれば、条件は、もっと良くなります。

胚盤胞まではできても、胎膿確認にまで至らない不妊治療に挑戦するより、ずっと可能性が高く、現実的な話となります。

「あっちの建物では、うまくいく可能性、殆ど0だと言われたのに、、、」

児相は、大学病院のすぐ隣。

通院のたびに通っていた工事中の建物。いつしか「児童相談所」と明記され、

「ここに児童相談所が移ってくるんだ」

と思ってたら、建物が完成し、稼動するようになって、、、。

ひょいと訪れたら、こんなことになっちゃいました。

仕事に未練がないかと聞かれれば、嘘になるかもしれません。

でも、私、待てど暮らせど自分の子どもができないから、ちっとも揃わない大学の単位、かき集めることにしたんだもん。それで、人より10年以上遅れて教員になったんだもん。

今日、夫とデパートを歩いていたら、子ども用の食器を見たくなって、見に行きました。

「かわいいけど、ちょっと私の趣味じゃないわねぇ、、、(笑)」

んで、お正月用品の売り場うろうろしていたら、ふと和服の髪飾りが目に入って、「七五三」なんて思い出しちゃったわけです。

七五三。

考えることさえありませんでした。

家に、子どもがいて、七五三の歳になる。

お祝いをする。

写真なんか撮っちゃう。

「もう、そんな歳になったんだねぇ。早いねぇ」

なんて、言う。自分の七五三のときの、母の喜びようや、晴れ着の私を見て

「どこかに行っちゃいそう、、、」

と泣いていた父のことを思い出す。

愕然としました。

そういうの、仕事で子どもと関わっているだけでは、味わえないわけです。三日里親でも。

教室の子どもたち、確かにかわいい。大事にしているつもり。やりがいだってある。

だけどね、洋服一つ買ってあげられないんだ。

教室で伝えられることや、教えてあげられること、たくさんある。

だけどね、それははっきりと意図があって「教育」として行っていることで、家族の生活じゃぁないんだ。

夫は、私に仕事を辞めろとは言えない、と言います。

これだけはご勘弁、という子どもがいるとしたら、食物アレルギーの子、と言いました。

「そりゃ、同じ食べ物、食べられないなんてネ。我が家にとってはショックだよね」

と笑っていたら、特に小麦アレルギーと付け加えるわけです。

「なるほどね。小麦ダメだったら、うどんもピザも、パンもみんなダメだもんネ」

そしたら、ポロと言うわけですねぇ。

「おいもの天ぷら、食べられない」

って。

子どもの手を引いて、行きつけの天ぷら屋さんのカウンターに座り、自分は日本酒飲みながら、子どもにおいもの天ぷらを食べさせる。それが夫の夢でした。

「はいよ」

といって、天ぷらを子どもの手に持たせる。

たった、それだけ。ずっと願ってきた、家族としての幸せ。

| | コメント (0)

2007年12月21日 (金)

児相

今日、仕事が早く終わったので、児童相談所に行ってきました。

以前から考えていた三日里親のことについて、お話をうかがうために。

そしたら、三日里親には三日里親のもどかしさがあって、普通の里親には里親の喜びがあるのだと、知りました。

実子には、実子の喜びがあります。

里親には、里親の大変さがあります。

里親の登録を希望するのにあたって、かつてのような「育児に専念できること=仕事をしていないこと」の条件はなくなりましたが、でも、実際のところ、どうあるのがその子にとって良いのかと考えた場合、じっくりべったり「自分だけ」を見てくれる大人がいる方が良いのは明らかです。

「普通の里親になるとしたら、仕事、やめないといけないなぁ~」

仕事か、里子か。そんな選択、ちょっと無謀です。

仕事か、不妊治療か。その選択は、職場拝み倒して避けて来たから済んだけど。

仕事やめるのは、もったいない気がするのです。

だって、収入減っちゃうし、自分が必要とされている充実感は捨てられない。

、、、で、ふと、気づいたんです。

「自分が必要とされている」ってサ、それって、確かに仕事で得られるよ、お給料という証拠まで付いて。

でもさ、里子がさ、育ててくれる家庭を必要としている子どもや、そうした背景があってさ、縁あって我が家に来たとしてよ、それってさ、それって、仕事なんかよりずっと「私たちの家庭を必要とされている」ってことなんじゃないのかな。

「ぼく、ここにいていいの?」

という子どもに、

「もちろん!」

と言えるとか、言えないとか、ハッタリの問題じゃなくてね。

「ぼく、ここにいていいの?」

って、家庭を必要としている子どもがさ、ここに来るってこと自体がさ、私たちが、社会から必要とされ、この子から必要とされ、お互いがかけがえのない存在ってことになるんじゃないのかな。

さっき、洗面所で思ったんだ。

「ここに子どもがいたとして、『ぺこちゃん、お願い、ここにいて』って言われたら、そんなのお金になんか換えられない喜びじゃないのかな」

って。

里子に出る子どもの多くが、やはり少なからず遅れや難しさのある子だそうです。

とても小さいと、将来どの程度まで追いつくか未知数の場合もあるそうです。

でも、その子を、

「このご夫婦のもとだったら、どうかしら?」

と選んでいただける。

「このご夫婦のもとで暮らす方が、この子にとって良い」

と判断されて、来る。

そりゃ、勝手を言うなら、より早い方が良いでしょう。小さい子の方が良いでしょう。健康で、かわいい子の方が良いでしょう。

でも、目の前でさ、子どもがいたら、大きさも期間も、そんなのなんでもいいって思うんじゃないのかな。私たちが必要とされている、って、それだけで十分なんじゃないのかな。

そしたら、多少のお給料と仕事なんて、ちょっとかすんで見えたんだ。

「嗚呼、自分の子どもがいるって、こういうことだ」

って、思ったんだ。

「仕事をやめて、里子と暮らす」

それも、それで、いいなぁ。って。

| | コメント (0)